正しい知識をつけて治療を
男性の1%は無精子症
(AERA 2011年9月5日号)

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30万組とも40万組とも言われる不妊に悩む夫婦。その原因は女性、という先入観があるが、原因の半数は男性だという。正しい知識がないために治療に進まないケースも多い。


石川医師。米ロックフェラー大学やコーネル大学などで男性不妊の研究、臨床を行ってきた。男性不妊症に対する先入観や誤解を解くために『男性不妊症』(幻冬舎新書)を上梓した。
近年、夫婦8〜10組中1組が不妊症だと言われている。
不妊症と診断された場合、日本ではいまだに女性側に原因があると思われがちだ。女性自身にもそうした思い込みがある。
生殖心理カウンセラーの永井静香氏もこう話す。
「知識がないと、不妊症は女性側の問題で卵子の質のせいだと思ってしまうことが多いです」

だが実際は、「男性に不妊の原因が見つかるケースが48%、つまり半分近くあるのです」
こう話すのは、兵庫県姫路市にある石川病院の石川智基医師(36)。日本では数少ない男性不妊の専門医師だ。

「男性不妊についてはあまりにも知られておらず、女性ばかりがつらい思いをしてきました。必ず夫婦で検査を受ける海外と比べると、日本では夫婦で検査を受けるケースも少なく、男性不妊に関する知識差も大きい」

石川氏はさらに驚くべき数字も口にした。
いま男性の100人に1人が無精子症であるというのだ。1%という数字は疾患が発症する割合では異常に高い。

無精子症の原因は、遺伝子の突然変異や病気、化学療法の結果と言われる。射精された精液中に1個も精子がいない場合、無精子症と診断されるが、全員が「精子ができていない」わけではない。


検査も治療もせず

精子は精巣でつくられ、精巣上体、精管へと運ばれる。その後、精嚢、前立腺で分泌される精液と合流して射精管へと進み、尿道から射精される。無精子症には、精巣では精子が正常に形成されているのに、精管などの異常で精液中に出てこない「閉塞性無精子症」と、精巣そのものの異常である「非閉塞性無精子症」があり、治療法も異なる。

「閉塞性無精子症」の場合は精管などのつまりを解消すれば、射出精液中に精子が出現する。「非閉塞性無精子症」の場合は根本的な治療はないが、精巣で「ほんのわずかつくられているかもしれない」という推測のもと、micro TESE(マイクロ・テセ‥顕微鏡下精巣精子採取術)と言われる先端治療もある。無精子症の85%が非閉塞性無精子症で、15%が閉塞性無精子症と言われている。

血液中のFSH(卵胞刺激ホルモン)値や、精巣の超音波検査などでどちらかわかることが多く、FSH値が正常値の範囲で精巣の大きさが正常であれば、閉塞性の可能性が高い。

だが、「不妊症となるとまず行くのが婦人科。そうなると閉塞性か非閉塞性かの検査もせず、治療をしない場合もある。閉塞性の場合、まずは楕路再建の手術をすべきなのに、そうした説明もせず、子どもがほしい人にはすぐに精巣精子を用いた顕微授精やAID(非配偶者間人工授精)をすすめるケースも少なくない」(石川氏)

AIDの問題は後述するが、精路再建術は非常に難しい手術で、できる医師が日本にはほとんどいないという。多くのクリニックでは、精巣や精巣上体から精子を取り出し、顕微授精を行う。この方が確実で簡単だからだ。

「問題は、安易な顕微授精は女性側の負担が増すこと。また精巣を大きく切り、組織を大量にとることで、男性ホルモンが急激に少なくなることがあり、その後、勃起、射精ができなくなることもある。電車にも乗れないほど活力がなくなる男性も出てきます」(石川氏)

患者がそこまで説明されて納得して手術を決断していればいいが、そうでないと見られるケースも多いという。いったん男性ホルモンが少なくなってしまうと注射で半永久的に補充しなければならない可能性がある。

前出のマイクロ・テセと呼ばれる治療法は1998年にコーネル大学医学部のグループが世界で最初に行った。日本では2000年ぐらいから導入されたが、この手術ができる医師は日本に20人程度しかいないという。


AIDに潜む問題

]染色体が多いことで生じるクラインフエルター症候群のほとんどが無精子症を併発する。15年ほど前までは絶対不妊と言われたこの疾患も、実際は55%くらい精子が回収できるというが、これも医師の認識不足から治療に進まず、AIDをすすめられることが多い。

無精子の場合、AIDは究極の手段だが、その手段に訴える前に、やるべき治療をやったのかどうか。

日本では1948年から慶応大学医学部で不妊治療の一環として行われてきたAIDだが、子どものアイデンティティーの問題や出自を知る権利などの観点から、問題点が指摘され始めている。母親などから突然、「あなたの父親は本当は遺伝的につながっていない」と告知されたり、自分がAIDという手法で生まれたことに気付いたりした子どもたちが、生物学的父親(精子提供者) に会いに行くなど、各国で社会問題になっている。

私が取材した日本人の30代男性は9年前、医学部の5年生のときに親の血液と自分の血液検査をして、父親とは血がつながっていないことがわかってしまった。その後母親を追及したら、あっさりとその事実を認めたという。その際に、なかなか子どもに恵まれなかったのでAIDを試したことも明かされた。29年間そのことを知らずにきた自分が間抜けに思えたという。

「自分のアイデンティティーの半分がふわふわ宙に浮いているような気持ちになりました。自分は何者なんだろう。どこの誰なんだろうと思いました」

AIDは男性側に不妊の原因があるケースの福音”とされてきたが、各国では匿名の精子提供もできなくなっており、日本でも子どもの福祉を最優先して、子どもの出自を知る権利を認める方向に向かっている。


自分のせいではない

生殖補助医療で欠かせないのはカウンセリングである。無精子症と診断された場合、男性であることを全否定された気持ちになり、泣き崩れる患者もいるという。それほどショックは大きいのだ。

カウンセラーの星山千晶氏はこう言う。
「あまりのショックでまずはカウンセラーに会うところまで気持ちが落ち着くか。自分の親に言うべきか、相手の親にはどう言えばいいか。悩むこともいろいろ出てきます」

生殖心理カウンセリング研究所のカウンセラーである菊田映美氏は、男性不妊というのは、自分のせいでなるのではないのだから、悩んだらまず相談してほしいと話す。
「診断時に悩んだり迷ったりするだけでなく、治療中もストレスや不安をひとりで抱え込むこともあるでしょう。カウンセリングは自分が受けたいと思ったときにいつでも受けられるもの。困ったらぜひ来てほしい」

AIDの問題点が浮上したいま、子どもたちのためにも、男性側の精神的ケアも含めた男性不妊の治療が徹底されることが望まれている。それにはまず、「不妊の原因は女性」という誤った先入観を捨て、患者だけではなく、医師側の意識改革も必要ではないだろうか。

 
 
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