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文芸春秋 1999年7月号
米国社会への絶望的な怒り
乱射高校生ホームページの皆殺し予告
高校に死体の山を築いた犯人が、詳細に書き込んだ凄まじい憎悪の記録
話は四月二十日に遡る。
午前十一時過ぎ、コロラド州にあるコロンバイン高校三年生のエリック・ハリス(18)とディラン・クリーポルド(17)は、かねてからの計画を実行に移した。黒いスキーの目出し帽をかぶり、迷彩服の上に黒いトレンチコートを着込んだ二人は、銃身を短くした散弾銃二丁、9ミリ半自動ライフル、それに半自動小銃を撃ちながら、約五百人もの生徒があふれ返るカフェテアリアに乗り込んだのだった。
自作のパイプ爆弾を辺りかまわず次々に投げつけた。校舎全体が地震でも起きたように揺れた。生徒を避難させた教師に二発の銃弾を浴びせた二人は、哄笑しながら大殺戮の舞台となった図書室に足を進めた。
「運動パカはみんな立て!」
命令しながら、ニ人は机の下をのぞき込んだ。「見いつけた」と言いながら、女生徒を撃ち、「くそったれニガーをやっつけよう」と罵倒して、机の下に隠れている黒人の運動部員アイゼーア・ショールズの頭に二発撃ち込んだ。
「おまえは神を信じるか」と問いかけられた女子生徒は、イエスと答えた瞬間、命を奪われた。.
お互いの頭を撃ち抜いて図書館内で倒れているエリックとディランが見つかったのは、午後四時三十分のことだった。彼らの周りを十体の死体が取り囲んでいた。
結局、十二人の生徒と、一人の教師が殺され、二十数人が負傷した。学校を舞台にした襲撃事件としては、アメリカ史上最悪の事件となった。
しかし、彼らの憎悪は、単に学校だけに向けられたものだったのだろうか。
翌日の朝、校内で一個の爆弾が爆発した。手榴弾、約十五センチのパイプ爆弾、ガスボンペ爆弾およそ三十個が発見された。
事件後に発見されたエリックの日記には、五百人もの人を殺し、学校の周辺にある家も襲撃して、さらにはジェット機をハイジャック、ニューヨーク市上に墜落させる、という戦慄の計画がこと細かに書かれていたという。ニューヨークとの無理心中に至るまでに肥大していた彼の殺意 − それはどのように育っていったのだろうか。
スポーツ選手にいじめられ
痩身長躯でペィビーフェイスのエリック・ハリスは、一九八一年四月九日、カンザス州のウィチタに生まれた。父親のウェインは、空軍の輸送機パイロットで、一九九三年に退官、近くのパイロット養成所で働いていた。父親の職業の関係で、ハリス家はオハイオ州、ミシガン州、ニューヨーク州と転居を繰り返した。
小学校の時の教師によると、体格は小柄で、オールAを取ったこともあったという。ニューヨーク州プラッツパーグでエリックが小学生六年の時、国語の教師をしていたリンダ・力ールソンは、当時のエリックをこう回想する。
「エリックはとても静かで、行儀のいい子でした。それほど頑張らなくても成績はよかったですね」
ハリス家が、コロラド州テンバーの南西十三キロほどに位置する人口三万五千人ほどのリトルトンに引っ越したのは、三年前のことだった。
もう一人の殺人者、ディラン・クリーポルドは、一九八一年九月九日、リトルトンのすぐ北に隣接するレイクウッドで生まれた。二歳上の兄がいる。
ディランが十歳の頃、小川で蛭(ひる)をたくさんつかまえて、母親に見せに来たことがあった。母親をぞっとさせることは、ディランのお気に入りの遊びだったという。
父親のトーマスは、すでに引退した地球物理学者で、家で不動産のビジネスをしていた。ロッキー山脈に連なるディア・クリーク・キャニオンの巨大な煉瓦色の二つの岩に挟まれるように建っている邸宅がクリーポルド家である。
二人の共通点は、いじめられっ子だったことである。
体育の授業をディランと一緒に受けていたタラ・ゾブジャックは、「彼はいつも孤立無援で、みんなに嫌われていました」とディランを評したが、幼なじみのプルックス・プラウン(彼とエリックたちの不思議な関わりについては後述する)は次のように証言する。
「ディランは誰にでも優しいいい奴だった。ただ、自分に自信がなく、いつも誰か自分をリードしてくれる人間を求めていたんだ」
一方、エリックを中学一年のときから知っている友人のニック・ボームガートによると、
「スポーツ選手たちにいつもいじめられたり、からかわれたりしていた。ぽくからみれば、エリックはそういう人を避けているように見えたよ」、
二人が知り合ったのは、パイト先だった。学校近くのプラックジャック・ピザという店で、およそ週三回、夜勤に就いている。店主によると二人は遅刻もせず、勤勉な「満点に近い」アルパイトだったという。
事件の四日前の金曜日の夜も、二人は休まなかった。そうして手にした報酬で、散弾銃や火薬などを購入し、殺戮の準備を着々と整えていたのだった。
二人は、トレンチコート・マフィアと呼ばれた小さなグループのメンパーに加わっていた。
マフィアのメンパーは黒ずくめの服装、ナチスの軍装などに身を包み、黒人やヒスパニック系の生徒に侮蔑的な言葉を使い、破滅的な傾向のロックやニヒリスティックな哲学を好む。エリックとディランもヒトラーに傾倒し、二人の間ではドイツ語で会話をしたり、ポウリングの授業でストライクをとると、、"Heil, Hitler"(ヒトラー万歳)と叫んだりしていた。
エリックの日記には、ナチスを賞賛する言葉がたくさん使われている。四月二十日という日を選んだのも、その日がヒトラーの百十回目の誕生日に当たったからだ、と捜査当局は説明した。
しかし、トレンチコート・マフィア創始者であるジョセフ・ステアによると、エリックとディランは決してグループの中心的存在ではなかった。現に一九九八年の卒業アルパムに写っているトレンチコート・マフィアの写真には、二人の姿はない。
「我々は普通トレンチコート・マフィア専用のテーブルでランチをとるが、あの二人はそこでは食事をしない」
とステアは言う。
トレンチコート・マフィアは一種のいじめられっ子集団でもあった。
「そもそもトレンチコート・マフィアという名前自体、自分たちでつけたのではなく、運動選手たちが(嘲りの意を込めて)つけたものだ。彼らは、我々のことをファゴット(ホモの俗語)呼ばわりし、しょっちゅう石や瓶を投げつけられた。ときには、ダートパッグ(ゴミ収集人)と呼ぱれたこともあるし、食べかすを投げつけられたこともある」
頭は良いが疎外され、異端的なサプカルチャーで"武装"した内向的な少年たち、といった方がトレンチコート・マフィアの実体に近いのかもしれない。
アメリカのどこの学校でもそうであるように、コロンパイン高校でもスポーツ選手は学校の花形だった。
コロンパイン高校は過去十年間、さまざまなスポーツ大会で三十二回もコロラド州のチャンビオンに輝いている。スポーツ選手は尊敬され、女生徒にもよくもてた。彼らが、ひ弱な問題児たちをロッカーに叩きつけたり、石を投げつけても、教師は知らん顔をした。昼食時に、顔面にマッシュポテトを投げつけられたこともしばしばだったという。
元トレンチコート・マフィアのメンパーだった少年は「この学校のスポーツ選手どもは、何をやっても罰されないと思っている」と語っている。マフィアのなかでも、痩せ型のエリックとディランは格好のいじめの対象になっていた。
いじめられても反撃できないエリックの鬱屈した怒りは、家に戻ってキーポードに叩きつけられていた。コンピュータを立ち上げ、自らのホームページに僧悪を込めた書き込みを連ねていったのである。
幼稚で危険な爆破実験
事件に先立つこと一年、昨年の三月にインターネット上から削除されるまでエリックが書き連ねたホームページを、私は独自に入手した。その詳しい内容はこれまで報じられていないが、エリックの犯行の原点はこのホームページに明記されている、といっていい。そこからは、彼の心の奥底にある狂おしい怒りを読み取ることができるのだ。
そのホームページ上で、エリックは「おれが憎むもの」を執拗に列挙している。
<−おれの憎むものは何か知っているか!?
自分が武道の達人だと思っているやつだ。やつらはみんな生意気で、くだらない自慢ばかり並べる。例えぱ、かまえの指を折ると、その音波が脳味晴をとかし、おまえは耳から脳味晴が出て死んでしまうとか、お前を軽くはじき飛ばしただけで、動脈が破裂し、流れ出る血におぼれて死んでしまうとか、くだらないことばかり言ってやがる。そいつらは本当の喧嘩となると、小さな女の子にケツを蹴りまくられるのがオチさ。
レスリングがリアルだと思っているやつ。おれはハルク・ホーガンのようなレスラーのことを言っているが、試合で本当に相手の腕を折ったり、殴ったりしていると思っているやつがいれぱ、おれにメールしてくれ。おまえがどこに住んでいるかも知りたいよ。おまえのくそ家を爆破して本当に腕を折ってやるから>
これらのくだりから、彼が高校で受けていたいじめを想像することは、それはど困難ではないだろう。
エリックのもうひとつの鬱屈の晴らし方、それはミッション(特命作戦)と題された爆弾製作と爆破実験だった。いじめられっ子の彼が、ホームページ上ではいじめる側に回る。
<よし、おまえらに我々の一味の大きな秘密をこっそり教えてやろう。我々は馬鹿な一味ではなく、その正反対だ。我々は綿密に作戦を立てミッションを実行する。少しでも我々を怒らせるものには、その家に行って、小さないたずらを行なう。卵を投げつけたり、強カ接着剤を使ったり、花火をいっぱい投げつけたり、もうやったことがあるかもしれないが、何でもやる。学校には敵が多い。だからそれだけ、ミッションも多くなる。おれらにとっては、夜中に行なう一種の儀式のようなものだ。
次のミッションについては、何をやるのかもどこで実行するのかもまだ決めていない。大きな藪か林に隠れて、射撃でもやろうと思ったことはある。空中から攻撃する方法もある。そうなるとワィオミング州まで行って、材料を入手しなければならない。給料ももらったし、そのお金で少しは買える。それでも(爆弾用の)ヒューズが必要だ。まだ決めていないが、次のミッションはおそらく七月くらいにやるだろう>
パイトの給料で、ミッションが実行されているあたりが高校生らしい。
しかし、この幼稚なミッションの延長線上で、あの惨劇は起きたのである。
ホームページにはこんな報告もあった。
<このミッションはすごくおもしろかったよ。まず、第一に家には父親しかいなかった。だから出ていくのは、はるかに簡単だった。それでも、裏庭の石を爆破したとき、石が飛び散る音が馬鹿でかいので、いささか気を使ったが、それに犬も大声で吠えるので、近所が文句を言っている。
まず最初に、草を刈って作った細道を通って、背の高い草が生えたところに行った。ロスト・ワールドに出てくるほど背が高くはないが、でもそれに近い。なかなかクールな感じだ。そこで千百五十二個の爆竹を並べて、タパコニ本を火付け用のヒューズとして使うと、余分の時間がたくさんできた。すべて準備ができると、火をつけて、大きなセメントのパイプに隠れて見守った。すべてが思った通りに行った。
それから次のターゲットに行って、銃身を短く切ったBB銃を二、三軒の家に向かって撃った。木があったので隠れるのは簡単だった。
ヒューズに火をつけると、うまくロケットが発射した。いたずらというよりは、小さな花火のショーという感じ。少しうるさいが、騒ぐほどのことはない。今度はパッテリーがうまく作動しなかった。というか、調べてみると、ヒューズが溶けていた。ミサイルは音をたてるので、寝ている住民を起こしたかもしれない……>
実際に爆弾を作った話も詳細にホームページで明かしている。
<パジー(爆弾につけられた名前)は、まったくの成功だった。アトランタもフォラスもペルトロ(いずれも爆弾につけられた名前)もパジーも完成している。
それが何を指しているかわからない人のために言っておくが、それはおれが最初に作った四つのパイプ爆弾だ。二人の反逆者がゼロから作った本当の爆弾だ。…今の唯一の問題は、爆弾を設置できるような場所を見つけることだ。おれと Vodka(ディランのコードネーム)は、さらに音がうるさいクリケットを二つ作ったよ>
「最終ミッシヨン」と名付けられた、運命の四月二十日に向けての予行演習は、こうして着々と進められていった。ホームページで世界中に“予告”しながら:…。
死ね!死ね!死ね!
エリックがミッションの最大の標的に定めたのは、ディランの幼なじみであるプルックス・ブラウンである。
「もともと僕はディランとはうまくいっていた。僕がリーダーシップを取り、ディランがついてくる。それが、エリックとくっついてしまったんだ」
と語る華奢な秀才タイプのブルックスは、いわぱエリックの目の上のこぶのような存在だったのではないか。
エリックは「憎いもの」としてホームページ上でこう書いている。
<嘘つきだ。本当に嘘つきはきらいだ。このくそったれな界隈には、何千人という嘘つきがいる。何でみんな馬鹿なことで嘘をつかねばならないのか。例えば、こうだ。
「おれはオクラホマ州で五ドルほどで、M180(強力な爆竹)を五箱買ったばかりだ。あっちでは合法だからな。銃だって親がなんでも買ってくれるのさ。たまに、おれは小切手を四千ドルばかり切って、散弾銃を一つか二つ買う。おれの新車が時速四百キロでハイウェーを飛ばしているときに壊れやがった。やわな車だぜ」
普通の人間だったら、一体この戯言のどの部分を信じると言うのか。
もう一つの例がプルックス・プラウンだ。奴の話を真に受ければ、彼は知能指数が二百十五らしい。それに、他に家を五つ(アラスカに二つ、フロリダに三つ)持っているというじゃないか。まだ十六歳なのに時速百五十ニキロでポールを投げるとか、一マイルを五分で走るとか、以前にすべての国軍のトップの地位にいた叔父がいるとか……すべての家の土台にC14(プラスチック爆弾)が入れてあるので、アメリカをすべて爆破できるとか、言っている。本人はそれでいいだろうが、そんな嘘は誰も信じない。感心などされるわけがなく、単に馬鹿に聞こえるだけだ。聞くだけ、おれの時間が無駄になる>
エリックの破壊衝動をもっとも端的にあらわした<哲学>と題した項目がある。ここにもプルックスは登場する。
<おれの信念は、自分が何かを言えば、それが通るというものだ。おれが法律なのだ。それが気にくわない奴は、死ね。おれがおまえのことを気にくわないとか、おまえがおれにしてほしいことをおれが嫌だと思えば、おまえは死ぬのだ。おれが正しくないことをしたとしても、死ね。死人に出来ることはそう多くはないぜ。議論することも、泣き言を言うことも、文句を言うことも、批判することもできないんだ。だから、おまえらくそ野郎どもとの議論を解決するには、殺すしか方法がない。おれはただおまえらを殺すだけだ。おまえら全員を殺すまで、おれはもう待てない。
くそ大都市の、くそ繁華街に行って、爆破し、撃てるものはすべて撃つ。俺には何の良心の呵責もない。恥の感覚もない。
Ich sage Fickt Du ! (i say Fuck You !) 町中に爆弾を仕掛けて、神経質な態度を装っている金持ちの鼻持ちならぬ母親がたくさんいるところを無差別に撃ちまくり、仕掛けた爆弾を一つ、一つ爆破する。
その銃撃戦でおれが死んでも生きても、どうでもいい。おれがやりたいのは、おまえらくだらないくそ野郎どもをできるだけたくさん殺したり、負傷させたりすることだ。特に、ブルックス・プラウンのようなやつはね>
「死ね」「殺す」という言葉が無機質に羅列されている。
脅迫を受けたブルックスはなぜ、自分に矛先が向けられるのか理解できないまま、警察に報告した。讐察は報告書を作るだけで、何の措置も施さなかった。
ブルックスにできたのは、エリックのホームページをインターネット上から“追放”することだけだった。プロパイダーにホームページを閉鎖されたエリックは、今回の事件の計画を含めた件の日記を、九八年の四月から書き始める。
その内容はごく一部しか明らかになっていないが、カフェテラスに生徒が最も集まるのは午前十一時であることなど、犯行計画が詳細に綴られていたという。
プルックスはエリックから、“実弾攻撃”も受けていた。九八年三月に彼の家の前で、爆弾が炸裂したのだ。さらに七月には、ガレージの窓から誰かが真っ赤なペンキが入ったポールを投げ込み、車がペンキまみれにされた。そのときもプルックスは警察に行き、「恐らく犯人はエリック・ハリスだろう」と漏らしている。それでも警察は何もしなかった。いやがらせは、今年の一月、ブルックスからエリックに“和解”を申し入れるまで続いた。
乱射事件の当日、プルックスはカフェテリアの入り口近くで、こともあろうにエリックとばったり出くわした。
「中国哲学の試験を受けそこなったのか」
とブルックスが言うと、エリックは、急に至福と峻厳さが混じり合ったような表情を浮かべた。今までに見たこともないような顔つきだった。
「そんなことはもうどうでもいい。今はおまえのことが好きだ。だから、さっさとここから出て、家に帰れ」
エリックはプルックスに対してこう言ったという。午前十一時十分のことだった。
プルックスはこの時、エリックが何かシニア・プランク(卒業間際に三年生がやるいたずら)を企んでいるのだろうぐらいに思いながら、タパコを吸うために校外に出た。
その五分後、一本目のタパコをプルックスが吸い始めた瞬間、突如銃声が鳴り響いたのだった。
長大な憎悪のリスト
エリックとディランには逮捕歴があった。
昨年一月のことである。エリックとディランが知り合って間もなく、二人は道路に駐章してあったバンに侵入し、車の中の電気製品を盗もうとしたことがあった。住民の通報があったのか、二人は現行犯で逮捕され、少年裁判所に送致された。
二人は九八年三月から一年間の保護観察プログラムをそつなくこなした。コミュニティ・サービス(有罪判決を受げた者を投獄する代わりに、地域のために無償労働させる刑罰)、刑法の授業などを受講した二人は、予定よりかなり早い今年の二月三日にプログラムを修了している。アンガー・マネージメント(怒りをコントロールする訓練)も合格した。
裁判所の文書記録によれば、エリックは「人生で成功しそうな、聡明な青年」と評され、ディランについても「多くの可能性を秘め、どんな夢でも現実にできるほど聡明である。ただそれには努力が必要であることを理解しなければならない」と記されている。
エリックは表面をとりつくろうのに長けたところがある。自分の家で堂々と爆弾を作ったり、寝室に本物の散弾銃が置いてあっても、親は安心しきっていたのだ。.このとき、エリックが何を感じ、何を考えていたのかはわからない。
しかし、学校でどんなにひどくいじめられても、スポーツ選手が罰されることはないのに対し、逮捕歴のあるエリックたちは“罪を犯した者”と社会からみなされたのである、学校や社会は、自分やトレンチコート・マフィアの方が、運動部の奴らよりずっと反杜会的な存在だと恩っている − そうエリックは考えたのではないか。
ホームページの<社会>という項目ではこう綴られていた。
<おれはデンパーに住んでいる。くそっ、おれはここの住民をほとんどみな殺しにしたい。金持ちで、俗物根性の固まりのようなやつが、自分たちは地位が高く、力強いと考えてやがる。そういうやつがおれのところにきて、ああしろ、こうしろと言いやがる。通りで見かけるやつは、嘘ばかりついて自分を飾っている。
そして、運動馬鹿どもは、毎朝腹筋を五十回やるとか、腕立て伏せを二十五回やるとか、毎日一マイルを走るとか、体育館に行って運動をやるとか、馬鹿なことばかり言ってやがる。連中は、少しでも上達しようと必死になり、目標を高くして、それを達成できると思ってやがる。大いに期待をかけられ、幸せになって、人を平等に扱い、慈善事業に寄付し、貧しい人を助けることができると思っていやがる。
おまけに、暴力をやめ、安全運転をし、汚染しないで、ゴミをまきちらさないで、シャワーを浴びるのを短くして水を無駄にせず、まともなものを食べ、タパコをやらず、お酒も飲まず、銃も売らず、悪人にならないようにと、あほなことばかり言うのだ。こんなたわごとを抜かす連中に、おれは「Fuck You ! だまって死ね」と言うね。そしてDB#3をおまえのくそったれな口に突っ込んで、引き金を引いてやる。おまえらが勝手に決めた基準をぶらさげて、大学に行かねばならないとか、賢くなれとか、仕事を持てとか、税金を払えとか、うるさいよ。だまって死ね!
おまえらが正しいとか間違っているということにはおれはまったく関心がないんだよ。そんなことはどうでもいいから、だまって死ぬんだ!>
エリックがホームページに書きつける「憎いもの」リストは徐々に長大なものになり、怒りの対象が広がっているのがよくわかる。
<−おれが憎むものが何か知っているか。
・天候を予想できると思っているやつだ。
・カントリーミュージックだ。
・若い喫煙者だ。体に悪いタパコをすってかっこいいと思ってやがるやつだ。そいつらが二十五歳になって、首から管を通して息を吸っている姿を見るまで待てないよ。そして声帯をコンピュータにコードでつなげている姿を見るまでとても待っていられない。
・自分の車の保険を払うことだ。
・死刑に反対しているやつだ。たとえ、銃を持たずにやった強盗ても、電気椅子にかけるべきだ。
・学校の宿題だ。
・テレビのコマーシャルだ。好きなコマーシャルは車のコマーシャルだけだ。ローションや化粧品や食料品やコーヒーのコマーシャルは全部つぶせ。二度と新しいコマーシャルを録画するな。一回目はちょっとおもしろいが、すぐにあきる。まったく馬鹿げているよ。
・同じ言葉を何度も繰り返し使うやつだ。actually とか fuck you ! とか bitch とかね。ちゃんと本を読んで語彙を増やせ。馬鹿者め。
・スターウォーズのファンだ。
・人種偏見主義者だ。黒人やアジア人やメキシコ人は道路に引きずり出すべきだと思っているやつは、両腕をもぎとってしまえ。そしておまえが嫌う人種に叩きのめしてもらえ。おまえが女であれば、おまえが嫌いな人種の男性に強姦されるべきだ。そしてできた子供を無理矢理育てるべきだ。おまえらは社会のくずだ。人間のくずだ。肌色が違うというだけで、誰かをからかってているのを見つけたら、プラスチックのスプーンでおまえの足を折るぞ。両足だ。時間がどれほどかかろうと気にしないよ>
手当たり次第にぶつけられる怒りの対象は、アメリカ社会全体に向けられたといっていい。しかし、内容は、矛盾するところも多い。黒人のスポーツ選手を、ニガーと罵倒しながら射殺したのも、エリックたちなのだから。
時には「好きなもの」を挙げることもあったが、それも裏返しの憎悪の表現となっている。
<・愚か者をからかうことだ。
・自然淘汰だ。これこそ地球に起こったことでベストなことだ。馬鹿で弱い生物体はすべて除去すべきだ>
中で、二つ掲げられた「好きなもの」が輿味を引く。
<・学校だ。宿題は嫌いだが学校は好きだ。
・報道の自由は嫌いだが、表現の自由は好きだ>
おれは戦場に行きたい
二人は自分たちの犯行について、繰り返し“予告”し続けたことはすでに触れた。
昨年の三月末にホームページを閉鎖されてからも実はエリックは、パイプ爆弾の作り方や銃を振り回しているモンスターなどを掲載したホームペiジを新しく開いていた。
もっと明確な“予告”は、学校で行われていた。
昨秋、エリックとディランが学校の宿題で作ったビデオである。その授業を担当していた教師のギャレット・タロッコは、学校から取材に応じないように言われていると前置きしながらも、今回初めて口を開いた。
「事件とそのピデオの内容があまりにもそっくりなので、ショックを受けています。彼らはビデオの中でやっていることとまっだく同じことを現実に実行したのです」
そこには学校を舞台に、スポーツ選手に扮した友人を追い回し、銃で殺すエリックとディランが映っていた。二人は同じような内答のビデオを何本も撮影していたという。
同じビデオの授業に出ていた生徒のエリック・ヴェイクは、二人がこんな会話を交わしていたのを思い出す。
「もう学校も残り少ないから、何か記念すべきことを残さないとね」
事件の一週間前、作文の授業があった。
二人の作文の内容があまりにも異常であることに教師のジュディ・ケリーはショックを受け、学校のカウンセラーやディランの母親に連絡した。
「作文の内容は、もっぱら殺し方について書かれていました。いくら表現の自由とは言え、とても読むに酎えませんでした」
ケリーは、そこに綴られていたのは犯行の内容とそっくりな殺し方だったと私に認めた。ディランの母親はディラン本人と話し合ったが、簡単にまるめこまれてしまったという。
これほどまでに堂々と犯行の“予告”を繰り返しても、二人の名状し難い怒りや苛立ちはまったく理解されなかった。警察も親も学校も、二人のミッションを本気になって受け止めようとはしなかった。
「最後のミッション」を前に、エリックを虜にしていたのは、戦争だった。
哲学の授業で、エリックの隣に座っていたレベッカ・ハインズは、アメリカがユーゴスラビァを空爆するニュースについて、彼がこう話していたのを、いまでもはっきり覚えている。
「みんな戦争に行けばいいと思う。でもおれが最初に行くんだ。最前線に行く。そしてみんなを片っ端から撃ち殺したい」
実際、エリックは五月の初めに海兵隊に志願している。しかし、自宅を訪れた募集担当官に、親が「息子は強力な坑鬱剤を服用している」と答え、不適格とされたという。進学への道は、昨年の秋、願書を出した全ての大学から、入学を拒否されていた。エリックは、行き場をなくしていた。
犯行四日前の金曜日の夜、ピザ屋で最後のアルパイトを終えた二人は、翌土曜日、エリックの家で爆弾作製の最終段階に入った。爆弾に詰める破片を作るためのガラスを割る音や、散弾銃の銃身を切る音が無遠慮に響いた。近所で遊んでいた予供があまりにもうるさくて、自分の親に言いつけたほどだった。
しかし、二人に何をやるつもりなのか聞く者も、止める者もいなかった。二人は誰からも相手にされていなかったのだ。
事件後発見されたというエリックの、“遺書”を地元紙が報じている。そこにはこう記されていた。
<おまえたちがこれを読んでいるとしたら、おれのミッションはもう完了している。内面の恐怖のうっとりするような苦痛に、革命を起こしたのだ。
おれを馬鹿にし、受け入れず、おれのことを付き合う価値のない人間として扱った、おまえたちの子供たちは死んだ。
きっとおまえたちは、おれが着ていた服装や聴いていた音楽、そのほか、おれの自已表現の方法のせいだというだろう。でも、違う。おれの好みのせいにしてすむと思うな。おまえたちは「おまえたちの選択」の結果、これが起きたということに向き合わねばならなくなる。
おまえたちは、予供に歯車や羊になれと教えてきた。先に生まれた者のように考え、行動して、異なるものは受け入れるな、と。おまえたちは間違っている。
おれは彼らを殺し、自分を殺したかもしれないが、それはお前たちの仕業だ。教師よ、親よ、この虐殺をおまえたちは死ぬまで背負え>(文中敬称略)
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