週刊朝日 2006年11月3日号
「美談」ではすまない代理出産ビジネスの実態
向井亜紀の代理母が語った「報酬」と「自己破産」
タレントの向井亜紀さんの代理出産を巡る訴訟は、最高裁に舞台を移した。がんのため子宮を失い、代理母に依頼して待望の子どもを授かった向井さんの“美談”の一方、国内で、子宮を失った娘のため母親が代理出産したことも明らかになった。しかし、この二つの例には、根本的な違いがあるのだ。



10月10日夜、夫でプロレスラーの高田延彦さん(44)とともに会見に臨んだ向井亜紀さん(41)は、「いろいろな代理母の問題点を論じてほしい」と話した。

2003年に代理母出産で生まれた向井さん夫妻の子どもの出生届を品川区が受理せず、夫妻は訴訟を提起した。今年9月、東京高裁が出生届の受理を区に命令したが、法務省は「社会に与える影響が大きい」と区に指示して、区は10月10日、最高裁に抗告を申し立てた。このため夫妻が会見をしたのだ。向井さんは、「代理出産をあえてオープンにした場合、日本の司法がどう答えてくれるか知りたくて裁判を起こした」と問題提起の姿勢を強調した。

向井さんの行動によって、代理出産に追い風が吹いている。品川区には、「受理すべきだ」という意見が多く寄せられているという。また、柳沢伯夫厚生労働相が代理出産について「政府全体で検討が必要」と発言するなど、国会周辺の雰囲気も変わってきたようだ。

代理出産にはさまざまな形態があるが、向井さん夫妻の場合、生物学的に夫妻の子どもであることがはっきりと言える。

これが可能になったのは、体外受精をした受精卵を子宮に着床させる技術が確立したからだ。この技術が確立する前は、精子を子宮に注入し、代理母の卵子と結合させる人工授精をしていたので、遺伝的には、生まれてくる赤ちゃんの半分は代理母のものだった。

日本の民法は体外受精という生殖医療技術の進歩を想定していない時代に編成され、法務省も「母とは、子の分娩者」という見解を見直さないままきた。それが、このような問題を生んでいる面もある。

向井さんは00年、妊娠中に子宮がんが判明、子宮を全摘出し、妊娠を断念せざるを得なかった。だが、「どうしても高田の子に逢いたい」と、医師の助言に逆らって卵巣を残し、代理出産を目指して渡米。
2度の失敗を乗り越え、3度目のトライで、米・ネバダ州のシンデイ・ヴァンリードさんを代理母にして妊娠が実現。03年11月に双子を授かった。

04年1月に放送されたドキュメンタリー番組「逢いたかったわが子よ〜向井亜紀、代理母と歩んだ1227日の全記録〜」(フジテレビ系)は、がん再発の恐怖や体調不良に悩まされながら、体外受精や代理母の胎内着床に挑み続ける向井さんと高田さんの3年間を追ったものだった。

番組でシンディさんは、「私が代理母を引き受けたのは、アキのように子どもが産めないことはとても悲しいことに思えるから。体がちょっとつらいときもあるけれど、幸せになる手伝いをしていると思うと、私も幸せになるわ」と言い、彼女の夫も、「そんな大げさなことだとは思っていないよ。人助けをしているわけだし」と笑顔で話した。

いよいよ出産のとき、予定より早い緊急入院に向井さん夫妻は急遽渡米して病院に駆けつけた。向井さんは帝王切開手術に立ち会い、シンディさんに頬をすり寄せ、痛みが少しでも少ないように祈り続けた。無事に双子の男の子が生まれ、向井さん夫妻がいとおしむ姿を映し出すラストシーンは、感動的だ。

ただし、この番組では触れられなかったことがある。

私は04年1月、向井さんの代理母シンディさんに、直接インタビューをし、週刊女性セブンで報じた。
彼女はこう話していた。
「元々、私自身から代理母をやりたいとインターネットで宣伝したのです。すると間もなく、斡旋業者から連絡がありました」

シンディさんの住むネバダ州の小さな町は、経済活動が乏しく、貧困層が多い。インタビュー前に彼女の家庭状況を調べたところ、自動車修理工の夫は約2万ドルの負債を抱えて自己破産していたことがわかった。シンディさんは、家のローンに報酬を充てることが代理母の目的の一つだったことを隠さなかった。

「業者からは当初、保険とかを入れないで謝礼が1万8千ドル(約21O万円)。双子の場合はプラス2千から3千ドルと言われていました。だからって双子を産んだわけじゃないですよ、それは偶然(笑い)。報酬で家のローンの残りを払えて、とても満足です」

実子でないから帝王切開にした

妊娠前に3ヵ月間、妊娠しやすくなるため毎日ホルモン注射をしたが、副作用のためイライラした。妊娠後も、双子だとわかり、ストレスがあったという。
「双子に臨月まで体が耐えられるかどうか、すごく不安を感じて、減胎を申し出たんです。1人を堕胎してほしいと。でも、アキの強い意思を聞き、医師から安全だと説明も受けて、双子を産む決心をしました」

また、帝王切開を選んだ理由についてはこう語った。
「私の子どもではないので、産道を通すわけにはいきません。だから帝王切開にしたのです。心理的な問題です。それに、テレビクルーが撮影していたこともあります」

彼女は「もう代理出産はしない」と言い、取材後のメールにはこう書いていた。
「妊娠の最後のほうは、エネルギーが枯渇しました」

向井さんが利用したネバダ不妊治療センターでコーディネートをしている笹島明夫氏は、「代理母の目的は、それぞれ違いますが、報酬で車を買うことを決めている人もいるし、シンディさんのように家のローンを返す目的でやる人もいる」と説明する。

代理母出産をビジネスにした草分け的な存在が米国にいる。弁護士のノエル・キーン氏だ。76年、米国の代理出産第1号を斡旋。91年には、日本事務所「卵子提供・代理母出産情報センター」(鷲見侑紀代表)を開設し、向井さんを含め、多くの日本人の米国での有償の代理出産を斡旋してきた。
こうした活動は、メディアから「ベビー・トレーダー(赤ちゃん商人)」との指弾も受けた。次第に有償の代理出産契約を禁じる州が増えたため、キーン氏は無償の意思のある代理母を探したこともあったが、その途端、応募がなくなったという。

私は91年にキーン氏に長時間取材したことがある。
十数年前のことであるにもかかわらず、彼が私に吐いた本音の一言が今でも脳裏から離れない。彼はこう断言したのである。
「必要なのは、グッド・ウーム(健全な子宮)だけだ」
子宮を完全にモノ扱いにしているように聞こえた。

彼に紹介された代理母たちにもそれぞれの自宅で取材をしたが、代理出産で入ってくる毎月の報酬で露命をつないでいるほどみすぼらしい生活を送っていた。カリフォルニア州に住んでいた代理母が、「私は業者にとってはモノなのよ」と薄汚い部屋で吐露したのを私ははっきり覚えている。もちろん、不妊夫婦に対する同情の気持ちはあるだろうが、それだけで赤の他人に子宮を貸すことは、通常ならあり得ないだろう。

多くの日本人が実子と届け出

一方、代理母出産を求める側の費用は、「クライアント一組につき平均1500万〜1700万円かかる」(笹島氏)という。体外受精一回の費用が約150万円、代理母に支払う報酬が約250万円、それとほぼ同額が同センターや斡旋業者にも支払われる。それに検査代、渡航費、ホテルでの滞在費などを入れると、支障なく1回で成功しても、1千万円ほどの費用になるのだという。10年ほど前、代理母が双子を早産し、赤ちゃんー人が死亡。もうー人が心臓手術を受けるためにヘリコプターでネバダ州からサンフランシスコの大学病院まで運ばれたケースがあったという。
「あれは極端なケースで、8千万円ほどかかりました。何が起こるかわからないところが最もつらいところです」(笹島氏)

1回で成功すればいいが、成功率はまだ低い。そもそも卵子がいい状態の20代の女性の依頼人は少ない。
「我々のクライアントで一番多いのは36-39歳。年齢を重ねるほど卵子の質が落ちてくるので、いくらお金があっても成功率も落ちる。
向井さんの場合は、2回目の失敗であきらめるよう説得したが、結局3回まで行い、双子ができた。ほとんど奇跡です」(笹島氏)

このセンターで代理母を依頼した日本人夫婦は100組くらいで、そのうち成功したのは80組弱。多胎があるため、生まれた赤ちゃんは90人以上だという。通常は日本に赤ちゃんを連れ帰って実子として出生届を提出するので、向井さんが直面しでいるような問題は生じない。出生届の受理を巡る争いは、向井さんが著名人で代理出産を公言したからこそ起きたことだともいえる。

米国では代理母が認められているように思われるかもしれないが、合法の州はネバダ、カリフォルニア、ニュージャージーなどに限られている。法律がない州も多いが、明確に禁止している州もある。日本は法的にはあいまいだが、厚労省は禁止の指針を示している。

カナダ、オーストラリアのように、「有償」の代理出産を禁じる国は多い。その理由は、母体が道具として使われるおそれがあることや安全性などだ。妊娠で仕事を休みたくないが子どもがほしいキャリアウーマンが、代理出産を利用するようになるのでは、といった懸念もある。

代理出産には、代理母と依頼者とのトラブルも少なくない。1986年にはニュージヤージー州で、代理母が、「報酬はいらない」と言って、生まれた赤ちゃんを依頼した夫婦に渡すのを拒んだ、有名な「ベビーM事件」も起きた。この事件は訴訟になり、依頼した夫婦が赤ちゃんの親権を獲得したが、ニュージャージー高等裁判所は判決を読み上げる際、こう述べた。
<文明社会では、お金で買えないものもある>

今年10月15日に長野県の諏訪マタニティークリニックの根津八紘院長が、子宮を失った女性の子どもを50代後半の母親が代理出産したことを発表した。国内初の「孫」の代理出産だが、金銭のやりとりのない無償での代理出産だった。代理出産の議論で、有償か無償かは、最も重要な要素の一つになる。

アメリカでも、無償の代理出産の例はある。2年前、テキサス州で52歳の女性が長男夫婦のために代理出産をして、無事に「孫」となる男の子を出産した。無償での出産だった。

5年前には代理出産の法律があいまいなアリゾナ州で、親友のために代理母をやったことを公表した女性が問題になりかけたが、無償の行為だったため、一件落着した。この女性は私の電話取材に対し、「私は彼女のためなら、何でもできるほど気持ちが通じています。もし金銭がからんだものだったら、やっていません。彼女は13年間で10回も流産したので、自分から代わりに産んであげると申し出ました」と話していた。

一方、アメリカで有償代理母を合法としている州のなかで注目を浴びているのが、オレゴン州だ。有償代理母を禁止している他の州や、カナダやオーストラリアなどから、代理出産を求める女性たちが集まってくるのだという。
そして最近、それほど裕福でない米国の代理出産を求める女性たちは、インドまで足を運んでいるという。費用が3分のーくらいで済むからだ。

こうしてみると、身内や親友が無償で代理母をする行為と、報酬をもらって、赤の他人のために代理母をする行為を同じレベルで論じることはおかしいと思わないだろうか。多くの国や州で代理母を禁止しているのは、あくまでもビジネスとしての代理母であることも重要である。代理母ビジネスを合法化すれば、必ず、他にお金を得る手段がなくなった貧しい女性が、自らの体を提供することにつながるだろう。

有償の選択は裕福な家庭だけ

代理母を扱う弁護士は非常に少ないが、オレゴン州ポートランドでノースウェスト代理母センター所長をつとめるサンドラ・ホジソン弁護士は、女性が代理母をする理由について説明してくれた。
「束縛される期間が長く、その割には報酬が少ないとはいえ、お金が魅力であることは否定できません。でもそれだけではありません。何らかの理由で不妊になった女性に対する同情の気持ちもあれば、一時的にせよ母性を楽しむのが好きな女性もいます。もちろん報酬がなければ、赤の他人のために代理母をやる女性を探すのはほとんど不可能です」

ポートランド州立大学のパトリシア・バックラー教授(生命倫理)は代理母についてこう説明する。
「親族間で行われるような、無償で行われる代理出産には何の問題もありません。それはギフト・オブ・ライフ(命という贈り物)であるからです。代理母に報酬が渡される場合は、保険の問題も出てきて、非常に薄い氷を踏むようなことなのです」
保険の間題とは、代理出産・妊娠であることがばれた場合、トラブルが起きても、支払い拒否をする保険会社があるからだ。

つい最近、『ザ・ベビー・ビジネス』という本を出版したハーバード大学のデボラ・スパー教授は代理母についてこう警句を吐いた。
「アメリカでは、有償代理出産の選択ができるのは裕福な家庭だけです。もちろんそういう見方はしたくありませんが、現実は赤ちゃんを売っているのと同じです。感情面だけではなく、そういうビジネスとしての真実をみるべきです」

日本で、向井亜紀さんのケースがきっかけで代理母について大いに議論されることはとてもいいことだ。だが、あくまでも有償代理母と無償代理母を分けて考えるべきであり、親族間などで行われる無償行為については干渉すべきではないと私は考える。先進国のほとんどが有償代理母を禁止しているように、合法化すると何が起こるのか、いくら慎重に考えても考えすぎることはないだろう。
>> 向井亜紀の代理母に直撃インタビュー 週刊女性セブン 2004年2月5日号掲載記事

関連書籍


代理母―ベビーM事件の教訓
フィリス チェスラー (著), Phyllis Chesler (原著), 佐藤 雅彦 (翻訳)
バースマザー―ある代理母の手記
エリザベス ケイン (著), Elizabeth Kane (原著), 落合 恵子 (翻訳)

 
 
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