Asahi Shimbun Weekly AERA(2011年11月14日号)
米国で増える日本人の卵子提供
私の卵は6500ドル
第三者による卵子提供が事実上受けられない日本。そのため不妊の夫婦は海外へ渡る。
その増加と比例して、卵子を「売る」日本人女性が現れ始めた。
卵子を凍結するときに使う液体窒素の横に立つビューラス医師。受精卵凍結には一気に凍結するガラス化保存法を使うことが多い。
カリフォルニア州はアメリカの中で生殖医療がもっとも盛況な州だろう。UCLAの大学新聞デイリー・ブルーインには「Wanted : Egg Donor
$8000+, Caucasian, brown eyed…at least 5'33". 19~30 yrs old(卵子提供者募集、8千ドル〜、白人、茶色の目……、身長160センチ以上、19~30歳)と高額のオファーが出ている。
ここ数年目立つのは、日本人に限定した卵子提供者の募集だ。ロサンゼルスやサンフランシスコの日系新聞には、必ず卵子提供者募集の広告が出ている。謝礼は1回6千~7千ドル(約46万~54万円)と魅力的な額だ。
卵子提供には2パターンがある。一つは親族や友人のための、提供者がはっきりとわかっているケース。基本的に無償の場合が多い。もう一つはエージェントが仲介するケース。匿名での提供が原則で、生まれてきた子どもが遺伝的につながった母親に将来会いたいと思っても会うことはできない。
今年1月、衆院議員の野田聖子さんがアメリカ人の卵子提供により出産し、話題になった。仲介したのは、サンフランシスコのエージェンシーだ。
日本から問い合わせ増
西海岸には日本人専門の卵子提供エージェンシーがいくつかある。そのひとつがロサンゼルス近郊の「ミラクルベビー」だ。
運営する石原理子さんは、「野田さんの出産で、50歳になっても産めると、日本からの問い合わせが殺到しました」と話す。その後、野田さんが出産後に出血多量で子宮を全摘したことなどが報じられると問い合わせは減ったが、それでも現在、50代で妊娠している人が5人もいるという。
やはり日本人専門エージェンシーの「バロン・ベビー」でも、日本からの問い合わせが毎日のようにある。少ない月で1組、多い月は4、5組が提供を受ける。ゴールデンウィークや年末年始など日本の休みに集中する。
日本では第三者から碇供される卵子での妊娠についての法律が未整備なため、日本産科婦人科学会なども見解を出せる段階にない。一部の医療機関以外、卵子提供による不妊治療を公に実施していないので、海外の医療機関やエージェンシーを頼ることになる。日本から渡米してカリフォルニア州で卵子提供を受ける場合、費用は平均300万~400万円かかる。
日本人は日本人の卵子を望むことが多いので、前述のように日本人限定で提供を求める広告が目立つようになっている。
全身麻酔で18個を採卵
数カ月前に卵子提供をした日本人のAさん(21)は、3年前に日本からロサンゼルスの大学に留学した。卵子提供の経験がある日本人の友人から、友達の中で提供者を探してほしいと頼まれたが、結局見つけられなかったので、自分が名乗り出た。
提供にあたり、A4サイズで20枚以上の「登録フォーム」に記入した。氏名や生年月日、人種、学歴や成績、職歴、詳しい病歴(親族も含む)、肌の色、髪質、視力、食事の嗜好、アレルギーの有無、抗うつ剤やたばこやコカインの使用歴など数十項目に及ぶ。だが、記入して写真とともにメールで送れば手続きは完了。エージェンシーとの面接もなかった。
採卵では全身麻酔をかけた。20分ほどで、18個の卵子を採った。日本からの依頼者夫婦は1回日の渡米で夫の精子を凍結。提供者が現れると、採卵した卵子と受精卵を作り、2回目は妻だけ渡米して受精卵を妻の子宮に移植する。妻の子宮に移植するのは通常2個。残りは凍結して、うまく着床できなかったときに使うこともある。
Aさんは受け取った報酬6500ドルを学費に充てた。
「親には伝えていません。授業料を払うためと不妊の夫婦を助けるためにやりましたが、卵子提供を友人たちに知られたら、お金が欲しくてやったと非難されるのでは、と心配でした」
登録フォームでは最後に、「将来医療上の緊急事態が発生した時に連絡を受けること」「卵子提供で生まれた子どもが法的に成人してあなたと連絡をとることを希望した」ときに同意するかを聞いている。Aさんは、「私の卵子から生まれた子どもが会いたいと言ってきたら、私は間接的に会えるようになっています。でもそのとき気持ちが変わっているかもしれません」
Aさんは採卵で体調も悪くならなかったことから、またやろうと思っている。
不十分なリスク説明
これまで数回卵子を提供している日本人のBさん(28)は、大学で書いた中絶に関するレポートで卵子提供について知った。
日系のエージェンシーから情報を得るときに、ドナーにならないかと打診された。
「中絶する人がいる一方で、子どもができず何年もお金と時間をかけて子どもを欲するカップルがいる。排卵は毎月あるので、私の卵子で助かる夫婦がいるなら、と思ったのです。お金に困っていたわけではありません」
最近は、「日本の不況のせいか、赤ちゃんが離乳したので、卵子を捷供したいという既婚女性の問い合わせが増えています」(バロン・ベビー)という。
第三者による精子提供は60年以上も前から行われているが、卵子提供は歴史が浅い。精子凍結は比較的簡単だが、卵子は水分が多いため凍結が難しい。卵子提供では、採卵したばかりのものを使うので、ドナーと提供を受ける側(レシピエント)の生殖サイクルを同調させることが重要になる。ドナー側がルプロンなどの経口避妊薬で排卵をいったん止め、そのあとFSH(卵胞刺激ホルモン)とLH(黄体刺激ホルモン)を皮下注射して卵胞成長を刺激する。これを10日間ほど続けるが、この薬でもっとも生じやすい合併症が卵巣過剰刺激症候群(OHSS)だ。腹部に水がたまり、重篤になる場合も稀にある。バロン・ベビーと提携しているリチャード・ビューラス医師は、「3年ほど前からかなり薬がよくなったが、それまでは30~40人にひとりは合併症がひどい人がいて、中には卵巣を切除せざるを得ない場合もあった」
AさんもBさんも採卵後、体調は悪くならなかったが、採卵前にこうしたリスクの説明は二の足を踏ませるほど十分には受けていない。「The Center
for Bioethics and Culture Network」のジユニファー・ラール所長は、「Eggsploitation(egg exploitation(搾取)の造語)」という卵子捷供の影の部分をテ-マにしたドキュメンタリーを作った。こう声を荒らげる。「数千ドルの謝礼が目の前にある限り、冷静にリスク情報を判断することはできません」
実際、排卵誘発剤の副作用で瀕死の状態になったアレグザンドラさん(38)は、採卵前にOHSSについて説明を受けたが、「あなたが車でクリニックに行く間に交通事故に遭う可能性のほうが高い」と言われた。自分でも副作用について調べたが、卵子掟供に関する研究は皆無。
「私はどうしてもお金が必要だったので、副作用はあっても深刻ではないと信じてしまった。せっぱ詰まった状態で決断していることに気がつかなければ」
がんのリスク高まる?
体に異変が起きたのは、採卵から8日後。内臓がヒモで縛られるような激痛で目が覚め、起き上がろうとしたら、意識を失って床に倒れた。ようやく友人に運んでもらった病院で、「卵巣が黄体を出している」と診断された。翌週に再び激痛が走って病院に行くと、右側の卵巣がねじれて卵管とからみ、グレープフルーツ大に腫れあがっていた。即手術。二つあるうちの一つの卵巣を切除した。
「たった3千ドルのために、こんなに苦しむなんて、と後悔しました」
それだけで終わらなかった。
5年後には両方の乳房ががんになり、切除せざるを得なかった。
「乳がんの家系ではないし、乳がんの遺伝子検査もしましたが、遺伝子変異は見つかりませんでした。原因として考えられるのは卵子提供しかありません」
卵子提供による長期的な影響はまだわからない部分が多いが、10月、「Human Reproduction」という専門誌に、「体外受精で、排卵誘発剤を使った女性は、そうでない女性と比べて、卵巣がんにかかる長期的なリスクが2倍」という調査研究結果が発表された。調査したアムステルダムのオランダがん研究所のフローラ・ヴアン・リーウエン教授はこう警告する。
「排卵誘発剤を使って、体外受精を何回も繰り返している女性には、このリスクについて情報提供する必要がある。回数を制限した方がいいのではないか」
さらに、別の問題も浮上している。最近オーストラリアの一部の州やスウェーデン、オランダ、ノルウェーなど、子どもの出自を知る権利を認める国が増えているが、卵子や精子の匿名提供は生まれた瞬間からこうした子どもの出自を知る権利を剥奪することにもつながりかねない。
『Test Tube Families』の著者であるジョージ・ワシントン大学ロースクールのナオミ・カーン教授はこう語る。
「匿名提供は禁止すべきです。第三者からの提供で生まれた子どもは18歳になったときに、提供者に関する情報にアクセスできるべきです。子どものアイデンティティーはウソの出自で形成されるべきではありません」
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