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「諸君!」 1999年5月号
遺伝子ハンターを熱狂させる 宝庫ソルトレークとアイスランド
現在、遺伝が原因であると考えられている病気は四千ばかりあるといわれている。遺伝子が「間接的な」役割をするといわれている病気も含めると無数と言っても過言ではない。どの遺伝子がどの病気を引き起こすか、それがわかれば、病気になるメカニズムが解明されるばかりでなく、遺伝子操作でその病気にならないようにもできる。そんな日がくるのはどうやら遠くないかもしれない。
一九八八年に始まったヒト・ゲノム計画では、これまで八百近くの、病気の原因遺伝予が発見され、九七年だけでも百個の原因遺伝子が特定されている。こうした成果に支えられ、人間のすべての遼伝子を解明しようとするヒト・ゲノム計画は、ますます加速化する一方だ。
しかし、ある病気の原因遺伝子を見つけることは、一朝一タというわけにはいかない。ある特徴のある遺伝子を病気の原因だと特定するには、一つの例だけでは不可能で、同じ症例を示す同じ特徴の遺伝子がいくつもあってはじめて特定が可能になり、そのサンプルは多ければ多いほど特定しやすい。だから、何世紀にもわたって一カ所に定住し、代々その変異体遺伝子を次世代に伝えてきた親族のDNAをふるいにかけるのがベストな方法である。そこで、遺伝子八ンターが世界を駆けめぐる。
例えば、ヒューストンのベイラー大学医学部は、primary congenital glaucoma (緑内障の一種)を引き起こす遺伝子を求めて、サウジアラビアに足を運び、ハワード大学は、ナイジェリアとガーナに糖尿病の遺伝子を探しに研究者を送り、ヴァージニア大学医学部は、希な形の聴覚障害の原因遺伝子を求めて、毎年モンゴリアに行く。さらに国立衛生研究所はパーキンソン病の原因を探すべく、ギリシア南部のパトラスヘ、ユタ州立大学ロン・マンガザ博士は、口唇裂が多いフィリピンのセブ島へと、飛んでいく。そこには、アメリカのオペレーション・スマイルという団体が二百人の外科医を送り、二週聞の間に千人以上の口唇裂を治療したというから、症例の豊富さには目を見張るものがある。
さて、ある地域で、特定の病気が代々出てくると、その原因遺伝子は正常な遺伝子マップと比べることで見つかる可能性があるが、さらに幅広く、様々な病気の原因遺伝子を特定するには、外部からの侵入者がほとんどいない地域あるいは国に住んでいる人々の遺伝子を調べるのがもっとも近道だ。
実際、遺伝予ハンターがもっともカを入れているのが、モルモン教徒が七割を占めるユタ州のソルト・レーク・シティとアイスランドなのである。
なぜソルト・レーク・シティなのか。もっとも重要な要素は、ここには何世代にもわたって定住している家族が多く存在し、しかも詳しい系図を記録していることだ。それが、一五〇〇年代にまで遡るというから驚異的というしかない。さらに、モルモン教徒は健康に強い関心があるので、病歴も詳しい記録が残されている。何世代も前に誰がどういう病気にかかったということが簡単にわかるのだ。最近催された、ある家族の集いでは二百五十人の親戚が集まったというからその規模の大きさに勝るところはないだろう。
このプロジェクトはまず、八○年代初期に、病気の遺伝子を見つける道具を開発し、特定の病気に代々擢っている家族を集めることから始まった。ユタ大学人間遺伝学部のマーク・アルパート準教授は、昨年五月十五日のナショナル・パブリック・ラジ才のトークシヨーで、このプロジェクトの進む方向がいかに正しいかをこうカ説する。
「どが家族をみても、兄弟、祖父母、子供が生きている場合が多い。その上研究がしやすいのは、ほとんどの人の教育レペルか高く、我々の使命と医学界に対する重要性をよく理解していることです。それにタバコを吸う人はほとんどいないので、喫煙によって被験者が汚染される可能性もほとんどない」.
アルパート氏はこの大がかりな遺伝子ハントを genetic adventure (遺伝子冒険)と呼ぶが、すでに一万人余りの人から採血し、その遺伝子は零下百三十五度で凍結されている。
また、アメリカの大富豪、ジョン・ハンツマンは両親をガンで亡くしたが、四年前に自分も前立腺ガンの宣告を受けた。これは遺伝に違いないと思ったハンツマンは、ソルト・レーク・シティが遺伝子研究の宝庫であることを如っていたので、自分の財産のうち一億ドルを使って、ハンツマン・ガン研究所を設立。ハンツマンは「目指せ、不可能を追求し、夢をかけろ」とユタの研究者たちを激励した。
遺伝子の宝庫・アイスランド
もう一つ、最近世界中の注目を浴びているのが、アイスランドの壮大な実験である。人口二十七万人のアイスランドは、西暦八七四年にスカンジナビアの海賊バイキングが干人ばかり植民化し、それ以来外部からの侵入者はほとんどいないので、もっとも純粋な血統を誇っているのだ。クローンの国と言ってもいい。ワシントンポスト紙のジョン・シュワルツ記者は、今年一月十二日付の記事の中で、遺伝子をハントする過程をこうたとえた。
「みんながそれぞれ好きな歌を勝手に歌っている公園をぶらつきながら、一人の人がはずしたたった一つの音を見つけようとするようなものだ。しかし、アイスランドのような国は、それがコーラスのようなものだから、はずれた音を見つけるのがはるかに簡単である」
しかも、ユタの場合と同じように、アイスランド人がキリスト教を採り入れ、牧師が生死を記録し始めた西暦一〇〇〇年ぐらいまで自分の家系をたどることができるという。アイスランド政府も、ほぽ完全なカルテを一九一五年までさかのぽって保存しているので、遺伝子ハンターが興奮するのはもっともである。
そこに目をつけたのが、アイスランド出身でハーバード大学医学部の神経学の教授をしていた遺伝子ハンター、カリ・ステファンソンだ。九六年にディコード(解読という意味)という会社を設立し、スイスの製薬会社ホフマンニフロッシュ社と提携して、五年のブロジェクトに二億ドルを投じ、全人口二十七万人の遺伝子コードの解明に乗り出した。この八月までに国民から血を採るというので、vanpire project (吸血鬼プロジェクト)と反対派からは非難されているほどだ。この五年プロジェクトの目標は、心臓病、アルツハイマー病、精神病など十二のよく起こる病気の原因となる対立遺伝子や突然変異に焦点を当てることである。
政府もこのプロジェクトには賛成し、ホフマン・ラロッシュは、このプロジェクトから生じた医薬品は、この国の人に無料で供給すると約束。
一方、ディコード社が依頼したギャラップ社が行った世論調査では、六三%のアイスランド人がこのプロジェクトに賛成しているが、反対者の声も決して忘れてはならない。ワシントンに本部を置く Electronic Privacy Information Center (電子上の個人情報センター)のディビッド・バニサー所長は、こう反論する。
「これは、人口全体を電子上のモルモットにし、プライパシー、就職、保険の問題につながる。科学は、その社会的なマイナスの影響を誰も分析しないまま、進んでいる」
昨年十二月にアイスランド議会を通過した「国民健康データベース法」に反対した議員の一人、ブリンディス・フロッドは、今年一月二十三日付のアイリッシュ・タイムズで、
「どれほど個人の遺伝子情報は、暗号化されて、極秘に保護されると言っても、その情報を入手するのは簡単です。ですから、ある特定の病気になる原因遺伝子の持ち主は、保険が拒否される可能性がある」
と指摘する。確かに、個人に関する情報がすべて入力されると、医師と患者の関係にも悪影響を及ぽしかねない。
しかし、アメリカの投資家たちが、ステファンソンのプロジェクトに、すでに千二百方ドルも出資しているのをみると、遺伝子ハンターたちの夢の実現はそう遠くないかもしれない。
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