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文芸春秋 1993年11月号
特集 第四の権カ メディアの反省
三大ネットワーク・ゲリラ戦記
CNNに押される巨人たち必死の生残り術
椅子に奴隷のように体をくくり付けられ、アシカのような低い呻き声を上げている見るも哀れな老人の姿。食事と言えば、栄養のない、水のように簿まったポテト・スープだけで、一旦ペッドの上に倒れると、なかなか起き上がれない。夜更けになると、空腹に酎えきれず食べものを探し歩く。
挙げ句の果ては建物の外まで、背中の曲がった痩せた老婆が、動くミイラよろしく、ごみ籍をあさりに徘徊する有様。餓死寸前の姿。催しても、トイレにたどり着く体カもなく、自然に出てくる排泄物で汚れきった衣服……。
これは、一九九一年十月二十五日ABC放送局のニューズマガジン(報道番組)『20/20(トウェンティー・トウェンティー、両目の視カが2.0の意味)』で放送されたテキサスの老人ホームの映像だ。
あまりにも衝撃的な映像で、二年経った今でも私の脳裏に鮮明に焼きついて、永久に離れそうもない。
かつて百万ドルのアンカー・ウーマンと坪ぱれたパーバラ・ウオーターズと相棒のヒュー・ダウンズがアンカーを務める20/20』の元プロデューサー、ガレス・ハーピーの指示のもとで、三力月もかけて、十数か所の老人ホームで隠し撮りしたものの一つだが、この放送の翌日にはテキサス州衛生局は緊急会議を開き、そこで州知事のアン・リチャーズが早急の改革を提唱したほどにインパクトがあった。
見本でも早朝に放送されているCBS放送の『60 Minutes』は、今年二十五周年を迎えるテレビ・ニューズマガジンの老舗であるが、このニュースマガジンなるものが今秋からアメリカのテレビを席巻せんばかりの勢いで、毎日のように熾烈な視聴率獲得競争を繰り広げている。
週刊誌の特集のテレビ版とでも言おうか、このテレビ・ニューズマガジンは、一時間の間に三本か四本のストーリiを放送し、その中にじっくり時間をかけて取材した調査ものが一つか二つは入れられる。
そしてテレビは視聴者の目に訴えなければどんなストーリーでもかもしろくないという宿命があるので、隠し撮りが大きな威カを発揮するのである。
隠し撮り戦争
昔は、カメラ自体が犬きく隠しようがなかったが、現在は技術革新のおかげで扉の写真のような親指大のレンズで鮮明な画像が録画できる。予め部屋に巧妙にしかけておけば、実態が録画されるというわけだ。
一旦、取材のターゲットにされると蛇に睨まれたカエルよろしく逃げるのはほとんど不可能に近い。入手した秘密文書も堂々とテレビに映す徹底ぶりで、やられた側はたまったものではない。『60 Minutes』から電話が入ると企業広報は震え上がると言われるほど、恐ろしい番組なのである。
今秋から毎日のようにどこかのチャンネルで見られるこのニューズマガジンの代表はもちろん『60 Minutes』(CBS)、次に『20/20』(ABC)であるが、他に、NBCの『Dateline NBC』など三大ネットワークだけで九本、第四のネットワークFOX、公共放送のPBS、独立系の制作会社のものをふくめるとなんと十五本ものニューズマガジンがある。
各番組ともに自局の人気キャスターを争ってアンカーマンに起用し、視聴率戦争にしのぎをけずっている。
一回の番組で、五十万ドルはかかると言われるニューズマガジンは、それでもゴールデンアワーのドラマ制作にかかる百万ドルに比べれば、安い。ニューズマガジンの発明者と言われる『60 Minutes』のエグゼクティプ・プロデューサー(EP)、ドン・ヒューイットは「みんな我々の真似をしているのは、不景気を乗り切るためだ」と啖呵を切っているが、テレビ評論家のジョン・ブローディは「ニューズマガジンの本当の話は、ハリウッドのスターで作られた最高のドラマよりも視聴者を捉える」と説明する。
実際、ABCの『20/20』にしても、NBCの『Dateline NBC』にしても、視聴率でいくと、ドラマよりもいいし、はるかに安く上がっている。安くて視聴率が高いので、一石二鳥というわけだ。
『Eye to Eye with Connie Chung』(NBC)のエグゼクティブ・プロデューサー、アンドリュー・ヘイワードは「ニューズマガジンは新しいドラマだ。過去三シーズン成功したテレビ・ドラマはないので、明らかに事実は小説よりも奇なりということだろう」とコメントするが、ジョン・プローディは、「視聴者がドラマよりも真剣に見るからコマーシャルも、ニューズマガジンの方がとりやすい」という。
数あるニューズマガジンの中でも、過激さで定評のあるのが、ABCの『Prime Time live』。毎回のように隠し撮りによる映像が流されている。『20/20』の老人ホームでの隠し撮りと同じくらい私の脳裏に焼きついているのが、昨年八月六日放送さ託児所のそれである。
三カ月半の調査の後、プロデューサーの一人が、身分を偽ってセンターにもぐりこみ、隠しカメラをしかけて、みごと親が子供を預けたあとのセンターの実態を画像に収めることに成功したのである。
パーパラ・ウオーターズの次に大物と言われているキャスター、ダイアン・ソーヤーは画像を見ながら、解説を入れる。
〈女性一人だけで二十四人の子供の面倒を見ています。これは州の基準の四倍の人数です。あまりにも騒々しくて、力ーシートに座って、床に置かれたままになっている赤ちゃんの泣き声も聞こえません。その赤ちゃんは事実上ほとんど丸一日そのカーシートに座らされたままです。…
我々はパトリックという小さな男の子が朝ずっとひとりで這い回っているのに気付きました……〉
とうとう食事も与えられなかったパトリックは、空腹のため台所で倒れた。さらに、映像は、ソファーの少年が生後五力月の女の子を踏みつけて、顔を何回も蹴っている様子を映す。
画面には、この映像を見せられているイエール犬学のエドワード・ジグラー教授が映っているが、彼は顔を蹴っている光景を指差して、思わず「これを見よ!」と叫んでしまった。
親が子供を迎えにくる時間が近づくと、半狂乱的におむつが替えられる。一回も捨てられないまま、数人の子供に次々に使われるオマル。手は一切洗われない。
隠し撮りはみごとにセンターの実態を捉えた。
ソーヤーはこの映像を持って、オーナーに取材を試みるが、「関心がない」と断られる。
今度はこの実態を、センターに子供を預けている親に見せる。目を丸くし、顔面蒼白になった親は、「このセンターに子供を預ける前にきちんと見学に行って、話も詳しく聞いた」と証言する。そのときの話では、八人の子供を三人の女性が担当するということだった。みんな頻繁に手を洗い、おむつ替えのときもきちんと手袋をはめ、衛生上何の心配もなかった。しかし、それはデモンストレーション用の見せかけであって、実態は隠し撮りでとられたものだったのだ。
放送された翌日、親たちは全員子供をそのセンターから引き取り、瞬時にしてそのセンターは閉鎖に追い込まれた。
同じく昨年十一月に『Prime Time Live』で放映されたフード・ライオン・スーパーマーケットのケースはついに放送局が訴えられるまでに至った。隠し撮りの映像では、古くなった肉のラベルを張り替えて、新鮮な肉に見せかけ、店頭に並べられるのが映っているが、放送の翌日、このスーパーマーケットの株は一五パーセント下がり、今でも信用を取り戻すのに苦戦しているという。この隠し撮りも身分を隠した潜入取材で得られたものだ。ノース・カロライナ州の二つのフード・ライオンの肉売場に、プロデューサiが身分を明かさずに就職、そこで二週間働く間に隠し撮りに成功したという。
「RICO法」で対抗
会社側は隠し撮りによるテレビ報道は「RIC0法」--Racketeer Influenced and Corrupt Organization Act of 1970 : 事業への犯罪組織の浸透の取り締まりに関する法律--にひっかかるとし、ABCを訴えたが、いまだに未解決である。
「RICO法」はそもそもマフィアのような組織が麻薬取引や悪徳貸付商法で直接、間接に事業活動に浸透、支配し、そこを資金源として利潤を上げることを取り締まるためにできたものだが,今ではこれがかなり広く解釈され、会社間でも、事業のやりかたが詐欺的であれば適用できるようになっている。
連邦裁判所がかかわってくるので、一般的に裁判は長くなり、原告が被告の詐欺的行為で損害を受けたことを証明することがかぎとなる。「RICO法」を数限りなく扱ってきたロパート・バンゼル弁護士は今回のケースについてこうコメントする。
「テレビ局を、『RICO法』で訴えることはめずらしいケースだが、この場合はテレビは真実を報道しているので名誉毅損では訴えられない。『RICO法』を思いついたことだけでも創造的な原告側だと思う」とし、さらに「このケースで『RIC○法』を使えば、フード・ライオンが悪事を働いたことは重要ではなく、詐欺的な取材の仕方で、損害を被ったことを証明すれぱいい。しかし、憲法で定められた報道の自由の方がはるかに強いと恩う」と付け加えた。
これだけ、番組間の競争が過熱ぎみになると、隠し撮りだけに終らず、さらにおとり取材という一歩先の手段に訴えることもある。
最近のおとり取材で効果的だったのは、この八月十九日『Eye to Eye with Connie Chung』で放送された保険詐欺のケースだ。これは、州、保険会社の調査員、テレビ局がチームを組んで、隠し撮りをフンダンに使ったおとり取材によるものだった。
予め、設定された場所で、州の運営するバスにわざと車をぶつけて、事故にみせかける。ぶつかった瞬間から、近くを歩いていた、もともとパスに乗っていない人が続々バスに乗ってきて、鞭打ちになっただの、背骨がおかしくなっただの、クレームをつける。中には突然足を引きずる人まで出てくる始末。それをすべて隠し撮りし、乗ってくる人、クレームの種類をすべてチェックするのだが、事故現場の周囲のビルに何台もカメラを設置して、隠し撮りし、一人一人すべてチェックしたのである。
ひどいものになると、事故現場にいなかったのに、後からその事故のことを知って、そのバスに乗っていたとクレームをつける人まで出てきたから、全く言語道断としか言いようがない。
この事故が仕掛けられたことを知らなかった警察は、バスに乗っていなかった人まで事故報告書に名前を記入したことで起訴されるハメになり、警察のいいかげんさまで暴露されてしまった。
テレビ局のレポーターの一人は事故当時パスに乗っていたが、彼女が怪しげな医者に行くと、何の検査もしないで、ずっと通い続けよとか、保険金を取るためには定期的に通い続けなけれぱならないとか、いろいろ悪知恵を貸してくれる。これもすべて隠し撮りされた。
保険金を不正に取るためにと弁護士も医者もグルになり、勝ち取った保険金は山分けとなるのである。
このおとり取材の結果、警察が動いて百七人が起訴されるハメになった。その中に医者が九人、弁護士が四人いる。年間百二十億ドルの交通事故の負傷で支払われる保険金のうち、十三億ドルからその三倍はこういう詐欺のクレームで支払われていると
いう。
PR会社にのせられる
隠し撮り、おとり取材の倫理性について二十年聞NBCで、報道番組を手がけてきたアイラ・シルバーマン記者は「テレビの場合必ず映像を必要とするので、隠し撮りしか方法がない場合があるが、使いすぎには常に注意しなければならない」.とし、取材側は二つの要素を常に念頭に置かねばならないという。
一つは誠実さと真実、もう一つは視聴者が関心を持つかということ。
例えぱ、前者が欠けると大きな過ちを冒すことになる。その典型的な例を挙げよう。「今まで訴訟で負けたことがない」と豪語したかのドン・ヒューイット(EP)の『60 Minutes』が冒した失敗例である。
一九八九年に放送された、りんごにスプレーでかけられる化学物質の話で、『60 Minutes』は「この化学物質はもっともガンを引き起こすもの」と報道した。
ところが、この時『60 Minutes』が取材した先は、NRDCという環境保護団体から雇われたPR会社が用意したものだったのである。番組放映後、PR会社はメリル・ストリープを使って記者会見を開き、この化学物質を大々的に攻撃した。おかげでりんごの値段が暴落し、ワシントン州のりんご農家は、一億二千万ドルの損害を出した。環境保護庁はこの後何カ月かかかって、りんごの汚染度を調べたが、結果は白であった。『60 Minutes』はPR会社にのせられて、大誤報をしたのである。
高視聴率をとろうと焦るあまり日本でもよくおこるやらせの問題は常につきまとう。
その典型的な例がNBCの『Dateline NBC』で昨年十一月十七日に放送された、ぶつかると炎上するGMトラックの話だ。
GMトラックがいかに危険であるかを証明しようとしたが、いざ撮影の段階になって、ぶつかっても炎上しない。炎上しないことには話として成立しないので、小さなロケット・エンジンをくっつけて、炎上させたのである。
GMが訴訟を起こすのは当然の成り行きであった。番組はテレビで謝罪するという異例の措置を取った挙げ句、プロデューサーのジェフ・ダイアモンド、デイビッド・ラメル、ロパート・リードが即劾解雇され、この事件は無責任なテレビ・ジャーナリズムの象徴にされてしまった。おまけに、テレビで謝罪したにもかかわらず、三週間後にNBC社長のマイケル・ガートナーはGMトラックの報道について「公平で正確な報道」であると弁護したことで、解雇された。
『Dateline NBC』の失態はこれだけに終らなかった。この五月四日放送された、不必要な白内障の手術でメディケア(六十五歳以上の老人に対する医療健康保険制度)からお金をとる悪徳診療所のケースでも槍玉に挙がり、ほとんど信用を失いかけている。
これは、老女に患者を装わせてノース・カロライナ州のグリーンズボロ診療所に行かせたケース。医師に手術は必要ないと言われたにもかかわらず、翌日『Dateline NBC』は、その老女に診療所に電話させ、手術の時間を決めさせた。その翌日、約東の時間にその老女が診療所に現われたとき、NBCの記者が医師と老女の会話を遮り、初めて正体を明らかにしたが、その過程はすべて隠し撮りで録画されていた。
診療所側も負けてはいなかった。記者との会話をすべて内密に録音し、記者の後を尾行させたぐらい初めから疑っていたのである。
この放送のせいで患者数はぐっと減り、診療所は訴訟にするとNBCに伝えているが、NBCの新社長アンドリュー・ラックは「公平で正確な報道」と主張し続けている。診療所のマーク・マクダニエル所長はNBCを攻撃するときに、何回もGM事件に言及し、「NBCが医師に手術が必要ないといわれたにもかかわらず、手術の時聞を決める電話を老女にさせたことは、わなに陥れる行為で、贋の爆発を起こす焼夷弾をトラックにつける行為と何ら変わりはない」と鼻息が荒い。
ワシントン・ポストのコラムニスト、コールマン・マッカーシーは隠し撮り、おとり取材について「ウソをつくことで、真実を暴露することは可能であるが、テレビ局がそのウソを正当化する権利をどこで確保するのか」となかなか批判的だ。
『The Journalist's Handbook on Libel and Privacy』(名誉毀損とプライバシーに関するジャーナリストのハンドブック)の中で、著者のパーパラ・ディルは、病室などプライバシーが期待される場所に記者が入るときは、記者だと言って、許可をもらってから入らねぱならないとし、実際に裁判所のオフィサーとウソをついて、刑務所に入り、死刑囚にインタビューした記者が有罪になったケースを挙げている。
全米の二万人のジャーナリストで構成されるプロフェショナル・ジャーナリスト協会が出している、隠しカメラとウソをつく(記者だと言わずに、他の職業を言う)ことに関するガイドラインを参考のために書いておく。以下の条件ではウソをついても、隠し撮りをしても正当化されるという意昧である。
・得られた情報が意昧深い重要性を持つとき、その情報はトップ・レベルの大きな組織の腐敗を暴露するというような公共性を持たねばならない。個人に対しての攻撃は避けなければならない。
・同じ情報を得るのに他のすべての手段が枯渇したとき。
・かかわっているジャーナリストがウソの性質とその理由を明らかにするのをいとわないとき。
・かかわっている個人やニュース機関がテーマを徹底的に追求するのに時問と経費を借しまないだけでなく、すぐれた技能を使って優秀さを発揮するとき。
・ウソをついて暴露される情報によって防がれる害がウソをつく行為で引き起こされる害よりも重要であるとき。
・かかわっているジャーナリストが意味のある、協力的な、慎重な意志決定の過程をへたとき。
さらに次のようなときはウソをついてはいけないとしている。
・賞を勝ち取るため。
・競争に勝つため。
・時間と経費を節約して取材する場合。
・「他がすでにやったから」やる場合。
・テーマそのものが非倫理的である場合。
三大ネットワークは湾岸戦争以来、CNNに押しやられ、ケン・オーレッタがその著書『Three Blind Mice』邦題=巨大メディアの攻防)で結論するように、出口のない迷路にはまった三匹の小ネズミになった。だからこそCNNにはないこのニューズマガジンに血路を見いだそうとしているのである。
『60 Minutes』のドン・ヒューイットは競争がどれほど激しくなってもまった<悩みを見せない。
「我々は映像に言葉をつけるのではなく、言葉に映像をつける。『60 Minutes』は他のどの放送局よりもストーリーの語り口がうまい。だからこそ断トツの視聴率を維持しているのだ。画面の前から視聴者を放さないのは見るものよりも、聞く内容なのだ」
『60 Minutes』の場合、隠し撮りはあまり使わず、当童薯当事者の直撃インタビューによってストーリーを構成している。しかもそのストーリーつまりネタが他のどの番組よりも面白いのだと、ドン・ヒューイットは自負しているのである。
プライパシーの問題についても、ドン・ヒューイットは「不正行為、悪事を働くものには一切のプライパシーの権利はない」と意気軒昴だ。
アメリカは犯罪が多く、危険だと思っている人が多いと思うが、こちらに長く住んでいると、アメリカ人の異常なまでの正義感が身にしみてよくわかる。一個人の犯罪よりも、むしろ杜会悪に対する正義感が日本人よりもはるかに強いと恩う。
そういう社会悪がニューズマガジンで報道され、徹底的につぶされるのを見ると胸の中がすっとする。もちろんどんなに競争が激しくなっても、やらせ、こじつけは避けなければならないが、日本のテレビ局も、おきまりの記者会見映像ばかりでなく、こうした一歩前に踏み込む報道を試みたらどうだろうか。 |
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