ポール・オースター/Paul Auster
「作家なんて、ならない方がいい」
ポール・オースターが語った『トゥルー・ストーリーズ』

(週刊新潮 2004年3月18日号)

トゥルー・ストーリーズ
ポール・オースター (著), 柴田 元幸 (翻訳)


ポール・オースターの自伝的エッセイ集『トゥルー・ストーりーズ』が評判を呼んでいる。中核となっているテーマは“金欠”。ジャーナリストの大野和墓氏が、今では著者自身、無縁となった貧乏時代について改めて聞いた。


ポール・オースターと言えば、現代アメリカ純文学で最も興味深い、独創的な作家の一人とみなされ、アメリカだけではなく、日本にもファンが多い。オースターは1980年代の半ば、『シティ・オヴ・グラス』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』を合わせた「ニューヨーク三部作」で作家デービューし、『ムーン・パレス』等の長編を次々と発表、作家としての地位を不動のものにした。『偶然の音楽』のように映画化され話題になった作品も多い。
今回小社から上梓された、柴田元幸氏の訳による『トゥルー・ストーリーズ」は、オースターの若かりし頃の貧乏人生を書いた「その日暮らし」や「なぜ書くか」、そして、折に触れて発表してきたエッセイを集めたものだが、1冊の原書を翻訳したものではなく、「訳者あとがき」に書かれているように、「本国に先がけて、作者本人が望んだ形で編んだエッセイ集」である。.だから、この本に当たる原書はない。そういう意味では、頗る貴重な作品集なのだ。
最後の方には、2001年9月に起きた同時多発テロ事件からほぼ1年後にニューヨーク・タイムズに掲載されたエッセイも収録されている。
「あの朝に起きた悲惨な激変は、じっくり考えるための機会でもあった。みんながしばし、自分たちが何者なのか、何を正しいと信じているのか、もう一度問い直す時でもあった」とオースターは書いているが、長年ニューヨークに住んでいた私もまったく同感で、まさに正鵠を得た言である。
私がオースターをニューヨーク・ブルックリンに訪ねたのは、そのエッセイが発表されてからほぼ3ヵ月後だった。この作品の中で、大半を占めている「その日暮らし」という作品について、インタビューするためであった。ブルックリンのパーク・スロープという高級住宅地にある、ブラウンストーンと言われるレンガ作りの、風格と威厳が備わった建物。日本の基準で言うと、天井は2階分くらいあり、見上げただけで吸い込まれそうな気持ちになるほど高い。
薄暗い部屋の中で、オースターは鋭い目つきで私を凝視しながら、太い、朗々とした声で語り始めた。
「『その日暮らし』は、一見自伝に見えるが、ぼくはそういう見方をしない。それは『お金』(の欠乏)についてのエッセイであり、自分自身をひとつの題材として使っただけだ。もう一つの願望は、常にお金がない状態で、艱難辛苦をなめながら、送った人生の過程で巡り合った興味深い人々について書くことだった」
「お金」は確かに魔物である。現代アメリカ文学の巨匠トマス・ピンチョンは、口癖のように私にこう言っていた。"Money can destroy you."(お金は人を破壊することがある)そのせりふをオースターにぷつけた。
「それは大金の話だろう。しかし、お金にはルールはない。大金を手にして、無責任になり、エゴイストになってだめになる人も多いが、うまく扱う人もいるからだ。一方で、貧乏であることにまったくロマンスはない。
ぼくは昔から、ずっと『お金』をテーマにして書きたいと思っていた。最初の計画は、タイトルが『欠乏についてのエッセイ』で、まるで18世紀の哲学の学術論文のようなものだったが、徐々に逸話的手法に変えた」
作家の多くは、大学で教鞭をとったり、ドン・デリーロのように広告会社に勤めたりして、二重生活を送る。安定した収入を確保して書くためだ。あるいは作家として成功するまでそうする。だが、オースターは違っていた。
「振り返って考えてみると、ぼくがおかした間違いは、定職に就いて一定の収入を得なかったことだ。次のアルバイトを探している時間の方が多かった。それに伴うお金の心配と苦労はつきなかった。お金は本当にクレージーだ。NPR(全米公共ラジオ)でやったプロジェクトは膨大な時間と労力を費やしたにもかかわらず、毎月150ドルの小切手しか送ってこなかったが、ぼくの過去の作品から、出版社が編集した作品集が出ると、何の努力もしていないのに、小切手が送られてくる。努力と金銭的な結果の間には決まった方程式はない。いくら大金があっても一瞬のうちに消えることもあるくらいだ」


ものを書く原動カとは

今でこそ、作家として世界中に名を馳せ、確固たる地位を築いているが、作家で生計が立てられるとはついぞ思ったことがないという。
「誰でも試験に合格すれば、医者になれるが、作家はそういうわけにはいかない。作家は職業として、自分から選びたくても、認められない限り、作家とは言えない。作家志願の若者は多いが、50歳をすぎて、作家として確立している人は極端に少ない。ものを書くことはもちろん美しいことだが、それだけで生計を立てられる人は稀少である。だから、ぼくは人から相談を受けても作家になることをすすめることは絶対にない。人の励ましが必要であるような人はそもそも作家になるべきではない」
だから、この作品集は、作家になるためのhow-toものではなく、作家にならない方がいいというhow-not-to bookであるというのだ。
この本は、タイトルが示すようにノンフイクションである。
「ノンフイクションでは真実をできるだけ正確に読者に伝えなければならないが、そういう意味で、リアリティの、ミステリーを探求するものだ。一方で、小説を書くということは、夢の状態に入ることである。妻のシリ(注:妻のシリ・ハストヴエットも作家)は、ときどきぼくにこう言うんだ。『小説を書くということは、今まで一度も起こらなかったことを思い出すということ』とね。決してアイデアをでっち上げることではない。ultimate universe(究極の宇宙、森羅万象、全世界へ万物)の真実性に自分を浸らせることで、自分の内にあるものを引き出すことが小説を書くことだ。だから、小説を書く方がはるかに難しい」
オースターの言葉に力が入る。では、一体何がオースターの、ものを書く原動力になっているのか。
「若いころ、今にも爆発しそうな激しい火山活動のようなエネルギーが湧き起こり、今でもそのエネルギーを使って書いている。証明できないが、自分の中に、自分が何をすべきかということがわかっている部分があって、それは一種の内なる直感と言える。それが、最終的に成熟して確信に至る。それがぼくに書く力を与えていると思う」
オースターは、ひたすら書きたいという欲望にかられて、思索を続け、書き続けてきた。この『トゥルー・ストーリーズ」は、そういうオースターの心の窓から中に入ることを許されるエッセイ集である。
 
 
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