イシメール・ベア/Ishmael Beah
著者は語る
少年の視線で描かれた内戦下の苛酷な現実
イシメール・ベア
『戦場から生きのびて −ぼくは少年兵士だった』

(週刊文春 2008年4月24日号)

1991年、アフリカ西部のシエラレオネで内戦が勃発。93年、12歳だったベア少年は戦闘に巻き込まれ、流浪するうちに政府軍の訓練を受け、兵士にさせられる。その壮絶な体験を綴った回想録。31カ国語に翻訳。忠平美幸訳。河出書房新社1600円+税

イシメール・ベア/1980年、シエラレオネ生まれ。
93年、政府軍の少年兵士として内戦に参加させられる。98年、アメりカに移住し、オバーリン大学を卒業。現在、アメリカの国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」で活動。


現在、二十七歳になるイシメール・ベア氏は、アフリカ西部にあるシエラレオネ出身の元少年兵士だ。そのときの体験をできるだけ多くの人に伝えたい気持ちから、『戦場から生きのびて』を上梓した。

一九九一年三月に革命を目的とした反政府軍(RUF)が蜂起し、モモ大統領政府を国から排除すべく、攻撃を開始。それ以来激しい内戦が続いたが、二〇〇二年、民主的に選出されたカバー大続領が、内戦の公式な終結を宣言した。
ベア氏は、九三年にRUFに襲撃された町から逃走したが、最も安全と思って逃げ込んだ軍事基地が事の始まりだった。
「そこではもう選択の余地がありませんでした。逃げるとスパイと間違われるので、残るしかなかった」
そこで一週間、少年兵として訓練された後、戦闘に参加させられた。

九六年に、国連のユニセフに救助され、リハビリを終えて、社会複帰。九八年、アメリカに移住し、国連インターナショナルスクールを卒業後、オバーリン大学で政治学を専攻したが、専攻科目以外に、創作のコースも取った。
「そのコースを取ったのは、自分の回想録をずっと前から書きたかったからです。教授が内容にいたく感銘を受けて、本にしようと言ってくれました」

ベア氏は、内面描写と自分が体験した行動のディテールをうまく調和させて筆を進めている。特に当時の自分の気持ちを冷静にかつ素直に書いているので、読者はぐいぐい引き込まれるだろう。例えばこういうくだりがある。
<ぼくの旅が精神的、肉体的、感情的に不安定なのは、ひとつにそれが、いつ、どこで終わるのか、自分でもわからないからだ。ぼくは自分の人生をもてあましている。何度もふりだしに戻っては、一から出なおして。いつも旅の空で、いつもどこかへ行く途中なんだ……>

「戦争に行くと、ドラッグを打たれて、感情が麻痺し、平気で人を殺せるようになります」
コカインと火薬を混ぜて作ったブラウン・ブラウンというドラッグが特に効いたという。
戦争中ドラッグでおかしくなった精神状態を、少しでも正常に戻してくれたのは、小さい頃から聴いていたレゲエ音楽だった。特にボブ・マーリーの“Three Little Birds”が、心の支えになった。
「ぽくには家族も帰る家もなかったので、自分がどうでもよくなりました。死に対する恐怖もまったくなくなってしまった」

ユニセフに救助されても、麻痺した人間性と、失った喜怒哀楽の感情を取り戻すのにかなりの時間がかかった。リハビリセンターで八カ月間も生活することになった。寝ても悪夢で目が覚める生活だった。
「戦争のいやな記憶を消すことはできませんが、共生する方法をリハビリセンターで学びました」

この作品のすばらしさは、少年の視線から、戦争体験が生々しく書かれていることだ。戦争体験を綴った作品は枚挙にいとまがないが、これは、ストーリーテリングの手法を活かした語り口で書かれていて、世界的にみても無比であろう。

最後に、平和とは何と思うか、とたずねるとベア氏はこう語った。
「夜寝て、朝目が覚めたときに無事であるだけで、平和を感じます」

 
 
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