エドウィン・ライマン/Edwin Lyman
プルサーマルの闇
福島第一原発3号機を世界は固唾をのんで見守っている
(週刊現代 2011年4月30日号)
事故発生から約1ヶ月。地球規模の被害を出し、いまだに制御不能状態が続く福島第一原子力発電所。アメリカの物理学者が、迫りつつある本当の危機を解説する。
発がんリスクを増大させるプルサーマル
今回、福島第一原発で起きている事故が、原発の歴史に降りかかった重大な危機の一つであることは疑問の余地がない。
私がもっとも危倶しているのは、MOX燃料(Mixed OXide=ウラン・プルトニウム混合酸化物燃料)を使用している3号機からプルトニウムが漏れだすことである。MOX燃料とは、原発で使用した後の核燃料(使用済み核燃料)から再処理によってプルトニウムを取り出し、ウランと混ぜて作り出された燃料のことで、形状を加工すると、軽水炉でウラン燃料の代替燃料として利用できる(※日本では、この利用法を和製英語で「プルサーマル」と呼称している)。
これは一見、核燃料の効率的なリサイクルであり、エネルギー資源の有効活用といった観点からも優れているように思われるかもしれない。だが、それは違う。プルトニウムをより多く含むMOX燃料が重大事故を引き起こした場合のリスクは、計り知れないものがあるからだ。
アメリカの物理学者、エドウィン・ライマン博士は長年にわたりMOX燃料の危険性を指摘してきた人物として、世界的に知られる。日本の原発事情についても詳しく、2006年には青森県知事宛てに六ヶ所再処理工場の運転に反対する書簡を送ったこともある。そのライマン博士が福島第一原発3号機をめぐる危機と、日本が推進するプルサーマル計画への危倶を語った。
プルトニウムが恐ろしい放射性物質であると言われるのは、原子炉で生成される核分裂生成物の中でも放射性毒性がとりわけ強く、吸入した場合、1gあたりの発がん率が突出して高くなるからだ。
プルトニウムは放射性崩壊によってアルファ線を放出するのだが、アルファ粒子が吸引などによって体内に入ると、人体に非常な害を与える。そして特に、肺に蓄積されると強い発がん性を示すのだ。
これは、アメリカとイギリスで行われた、プルトニウム生産・処理施設の作業員を対象とした調査結果でも裏付けが取れている。それによると、作業員の肺がんによる死亡率はプルトニウムの内部被曝量にそのまま比例しており、同様に肝臓がん・骨肉腫による死亡率もプルトニウムの体内摂取量と相関関係があることが明らかになった。
プルトニウム239は半減期が2万4000年もあるので、これが外界に放出されれば、周辺住民にとって体内被曝のリスクは半永久的に存在することになる。かくも危険なプルトニウムが福島第一原発3号機から拡散しているならば、人体へ与える影響は予想もつかないものとなるだろう。
もう少し具体的に、MOX燃料に関するリスクを説明してみよう。私は、1999年9月30日に東海村JCO臨界事故が起きたことを受けて、「日本の原子力発電所で重大事故が起きる可能性にMOX燃料の使用が与える影響」と題した論文を発表したことがある。そしてその中で、当時プルサーマル計画の実施が目前に迫っていた高浜原発4号機(福井県)を例にとり、重大事故の際に発生すると推定されている放射性核種放出割合の数値を使って、原発から半径110km圏内で急性死や潜在的がん死がいかに増大するかを試算した。
結果は驚くべきものだった。プルサーマル方式を採用すると、死亡リスクが大幅に増大したのだ。たとえば、炉心の4分の1にMOX燃料を装荷した場合、低濃縮ウランだけの炉心と比べ、重大事故発生後に急性死する率は10〜98%、潜在的がん死のそれは42〜122%高くなる。また、炉心全部をMOX燃料にした場合は、急性死は60〜480%、潜在的がん死は161〜386%高くなるという計算値が得られたのである。これほど数億が跳ね上がるのは、MOX燃料により多くのプルトニウムが含まれていることが原因であると、考えるほかないだろう。
福島第一原発3号機の場合、炉心の燃料集合体は全部で548本、うちMOX燃料は32本と発表されている。つまり、MO]燃料の占める割合は炉心の17分の1で、ライマン博士の示したがん死亡リスク試算よりは相当に低くなるとみられる。だが、それでもプルサーマル方式の原子炉が危険性の高いものであるという事実に、変わりはない。
コストに見合わないのに日本だけが推進
私はこうした研究結果から、MOX燃料を使って得られる恩恵は、そのリスクに値しないと考えている。その論拠は、前述した人体への悪影響のほかにも挙げることができる。
一つは、プルトニウムが核兵器に転用される恐れ、すなわち安全保障上の問題である。使用済み核燃料を再処理するとプルトニウムが分離し、濃縮される。それが核兵器に転用できるのだ。
再処理に伴う核拡散、テロリズムの脅威は、不測の事態が起きてからでは対処するのが非常に困難になる。実際、1970年代には西ドイツ、オランダ、ベルギー、スペイン、イタリア、ブラジル、アルゼンチン、イランなど、多くの原発後進国が使用済み核燃料の再処理とMOX燃料の利用に関心を持っていたが、核拡散を恐れたアメリカがが待ったをかけたという経緯がある。この問題が日本であまり認識されていないのは、軍備を持たない日本は核兵器転用の可能性がないと見なされ、アメリカが圧力をかけてこなかったからだろう。
そして、私が反MOX燃料の立場をとるもう一つの論拠は、コストに見合わないという経済的な理由からだ。
使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し、MOX燃料を造り出すためには再処理工場を作る必要があるが、それには約200億ドル(約1兆7000億円)以上という莫大な費用がかかる。さらに、巨額のカネを注ぎ込んで再処理工場を建設したとしても、それで事足りるわけではない。再処理工場でプルトニウムなどを取り出した後の保安上の危険性、高レベル放射性廃棄物が出ることに対する措置、使用済みMOX燃料の処理・処分など、さらなる難問が山積みになるのだ。
こうした事情から、多くの国はMOX燃料の商業的利用を断念し、プルサーマルから撤退するに至った。政府が使用済み核燃料再処理工場の設置に全面的な財政支援を行ったのは、フランスやイギリスなどごく一部に過ぎない。原発にもっとも積極的なアメリカでさえ、再処理工場の設置は容易ではなく、1981年にレーガン政権が「民間企業が再処理に手を出したければ、独自で再処理工場の建設費用をまかなうこと」という条件で、ようやく認可したほどだ。
ところが、日本は世界の潮流とはまったく異なる道を歩んでいる。プルサーマル発電への転換を次々と推し進めているうえに、青森県六ヶ所村に再処理工場を設置しようとしているのだ。その大きな理由は、エネルギー資源に乏しい国土であるため、原発促進が国を挙げての一大プロジェクトとなったからだ。それゆえに、各国が二の足を踏むに至ったコスト問題を、日本の電力会社は回避してこられたと考えられる。
青森県六ヶ所村には大規模な再処理工場が建設されており、現在試験運転を続けている。敷地内には、ウラン濃縮工場、低レベル放射性廃棄物埋設センター、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センターが併設して建設されているほか、将来的にはMOX燃料工場の建設も予定されているなど、核燃料サイクルのための核燃料コンビナートが形成されつつある。
六ヶ所再処理工場が操業を開始すれば、電力会社としてはまさに願ったり叶ったりだろう。
蓄積する使用済み核燃料を引き取ってもらえたり、高レベル放射性廃棄物を一時貯蔵してもらえたりするうえ、これまではフランスとイギリスに委託していたMOX燃料への加工が国内で実現できることから、プルサーマル発電を本格化できるからだ。また、六ヶ所村にしても、経済機会に恵まれない立地にありながらも、日本原燃から年間60億円に及ぶ村税が入るほか、雇用も創出できるという側面がある。
数万年単位で貯蔵できると誰が言えるのか
このように国・電力会社・自治体の利害が一致しているため、建設費用が当初の7600億円を大きく上回る約2兆2000億円に達していようとも、日本政府は六ヶ所再処理工場を問題視していないのである。
だが、そこには、安全面の確保という重大な問題が抜け落ちていると言わざるを得ない。プルトニウムをはじめとする危険な放射性物質が完全に崩壊するには、十分な期間存続できる貯蔵施設を建設することが不可欠となるわけでが、その期間が数万年単位となることが想定されていないからだ。そこまで長く維持できると、確信をもって貯蔵所を設計できた技術者は、いまだかつて一人もいない。
実際、放射性物質の貯蔵施設では数々の事故が起きている。アメリカでは、インディアン・ポイント原発やセーレム原発の使用済み核燃料貯蔵プールから放射能を含む大量の冷却水が長期にわたって漏洩し、地下水を汚染していたことが発覚した。その原因は原発施設の老朽化にあったのだが、長い歳月を経れば、六ヶ所再処理工場でも同様の事故が起きかねない。
ましてや、地震列島ともいうべき日本は事故リスクが非常に高い国であり、その脆弱さは今回の東日本大震災でも明らかになった。そのような国がプルトニウムを燃料とするプルサーマル発電を推進するのは、誰が見ても危険極まりないだろう。
いま世界が取り組むべき問題は使用済み核燃料の最終処理施設をどうするかということであり、その意味で、プルサーマル発電にこだわり続ける日本は世界の流れに逆行している。
東日本大震災を教訓に、日本は原子力行政を根本的に見直す必要があると、私は思う。
エドウィン・ライマン Edwin Lyman
1964年生まれ。物理学者。コーネル大卒。核管理研究所(NCI)の元所長で、現在は「憂慮する科学者同盟」(UCS)の世界安全保障プログラム部門に上級スタッフとして名を連ねている。アメリカではMOX燃料やプルサーマルの危険性を最前線で訴え続けている学者として知られており、2001年には「MOXはがんを30%増加させる」とする論文を発表している
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