マーティン・ファックラー/Martin Fackler
ニューヨークタイムズ東京支局長に聞く
世界が見たニッポン
「政治もメディアもイカれてます」
(週刊現代 2011年7月9日号)
「日本で起きた事故なのに、ワシントンから入ってくる情報のほうが的確だ」
マーティン・ファックラー氏の指摘は手厳しいが、返す言葉がない。
世界はこの国の未来をどう見ているのか-
国民の側に立たないメディア
日本に滞在して4年ほどが経ちますが、当然のことながら今回の原発事故は、もっとも衝撃的な出来事でした。これは日本だけの問題ではなく、世界にとって極めて重要な問題です。アメリカ人にとっても対岸の火事ではなく、強い関心をもって注目しているのです。にもかかわらず、日本の政府・官僚・東京電力が正確な情報を出さず、さらには日本のメディアが、独自にそれを追求しようとしないことにひどく失望しています。
東日本大震災以降、積極的に日本についての報道を行う海外メディアが増えている。なかでもアメリカの大手新聞・ニューヨークタイムズ紙は、福島第一原発の問題を中心にスクープを連発し、内外から注目を集めている。3月中旬には、すでに福島第一原発がメルトダウンを起こしている可能性について詳細な検証記事を掲載し、さらに4月8日には、爆発した原発建屋のがれき処理の問題について、どこよりも早く報じている。その取材の中心を担っているのが、マーティン・ファックラー東京支局長だ。記者クラブに属さず、日本の大手報道機関よりはるかに少ない人数で取材に臨むニューヨークタイムズ。その支局長であるファックラー氏の眼に、3・11以降の日本はどのように映っているのか。
- ニューヨークタイムズ紙は、震災以降日本についての記事をほぼ連日掲載していますね。しかもその内容は、日本の新聞とは違った視点で書かれたものが多く、日本のメディアからも注目されています。
ファックラー 注目されるのは大変ありがたいことですが、私たちから見れば、日本のメディアは東電が発表していることを忠実に伝えようとするだけの広報機関になり下がっているように映るのです。政府や官庁、そして東電という「当局側」に気を遭うばかりで、国民の側に立って報道するという姿勢がないように感じますね。
たとえばわれわれの取材では、最初から福島原発でメルトダウンが起こっていることは明らかで、そのことについて早くから警告してきました。ところが、日本ではメルトダウンしていたことが5月まで分からなかった。しかも、それは政府と東電の発表によって判明したものでした。もちろん当局側が伝える情報も重要なものでしょう。しかし、どの新聞を手にとっても、ほぼ同じ情報が載っているということが、健全だとは思えません。私は震災直後に複数の被災地を回りましたが、当初から市民は政府や東電が発表する情報を、疑っているように感じました。一般市民が当局発表に懐疑的になっているというのに、そのニーズを日本のメディアが汲まなかったのは理解ができませんね。
- 海外の報道を見て、日本のメディアがその話を追っかけるという“逆転現象”も起きています。ニューヨークタイムズ紙が4月8日、「原発が爆発したときに、燃料棒の破片が飛び散った。この破片の処理が今後問題になるだろう」と、放射性がれきの問題をいち早く報じました。日本のメディアがこの問題を取り上げたのはその3日後、それも東電が 「放射性がれきの撤去を始めた」と報告した後のことです。
ファックラー 本当ならば日本のメディアがやるべきことだと思うのですが(苦笑)。私たちは、東京にいるスタッフ4人ではぼすべての取材を進めています。それに対して朝日新聞や読売新聞には、1000人を超える記者がいるではないですか。彼らがその気になれば、私たちなどは到底太刀打ちできないはずなんですが。皮肉を言えば、事故は日本で起きているにもかかわらず、ワシントンから入ってくる情報のほうが多いという実に奇妙な状況です。日本の報道機関には自分から進んでネタを探して報道しようという精神がほとんどない。これは日本国民にとっても不幸なことではないでしょうか。
ほかの国ではありえない
- ところで日本メディアの報道姿勢だけでなく、日本の「原発依存」の構造も裔妙に映っているようですね。5月31日には、「日本の自治体の原発依存」をテーマにした記事を書いています。日本は福島事故を機に、原発依存の構造から抜け出せると思いますか。
ファックラー 日本はいくつもの深刻な原発事故を経験してきているのに、大規模な反対運動は起こらず、常に原発先進国であり続けた。ほかの国なら大規模な反対運動が起こっているはずなのに、なぜ日本はそうならなかったのか。それが海外から見ると、不思議で仕方がなかったのです。
ところが取材の過程で、補助金と雇用創出につられて、原発のある町全体がそれに依存している仕組みがわかってきました。まるでドラッグのように、一度原発経済に依存してしまうと、もう抜け出せない - これは私たちから見ると驚くべきことでした。
日本でも原発が建設されるまでは反対運動が起こるのですが、他の国とはそこからが違います。東海村の原発を例にとれば、1960年代〜’70年代にかけて原発建設が進められたとき、地元の漁師たちが建設に大反対をしました。ところが、一度補助金・補償金が町に下りた途端、彼らは賛成派になってしまうのです。この変貌には驚きを禁じ得ません。いま、これらの地域を取材すると、住民が「原発事故は怖い。しかし、原発を誘致したことは後悔していない」と言うのですから、脱原発と口では言っても、現実的には難しいのではないでしょうか。
菅も反菅もクレイジー
ファックラー氏は日本の政界の混乱状況についても、厳しい視線を向けて記事を書いている。氏は、政府と省庁の連携不足・政府の決定権の弱さが、日本国民を危険に晒しているのではないかと指摘する。
ファックラー 私たちは官邸の意思決定システムと情報共有の仕組みについて、寺田学首相補佐官(当時)をはじめとする官邸関係者や民主党の議員らに取材しました。震災後、政府の対応は遅きに失した感がありましたが、その原因が知りたかったからです。すると、菅総理が官僚に嫌われるあまり、情報が官邸に届いておらず、総理の意思決定に重大な支障を来していたことがわかりました。
たとえば原発事故発生直後から、なぜSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム。文部科学省が運営する、大気中の放射性物質の濃度や空気吸収線量率の分布を予測するためのシステム) を使わなかったのか。これは大きな疑問でしたが、実は総理らが3月の16日までその存在を知らなかったということが分かった。それだけでも愕然としましたが、文部科学省の官僚が、なぜSPEEDIの存在を菅総理らに伝えなかったかと聞けば、「官邸側の指示がなかったから」だというのです。もしもSPEEDIの情報がもっと早く官邸に届いていれば、より具体的な避難指示を国民に伝えられたはずなのです。おそらく厚生大臣を務めて以来、菅総理が官僚に嫌われていることが招いた災厄でしょうが、官僚に信頼されない総理も、官邸を軽視する官僚もどちらにも問題があるでしょう。
しかしそれ以上に理解できなかったのが、この危機のまっただ中で首相を引きずりおろそうという動きがあったことです。非常時にリーダーの首を切ることになんの意味があるのか。アメリカ人はプッシュ大統領のことを好きではなかったが、9・11の危機の時には、みな一丸となって危機に立ち向かった。このタイミングで総理を替えるのは信じられないほどの時間の無駄です。一方、菅総理も解散総選挙を考えていたそうですが、復興を優先すべき町で選挙をするということになる。いまの南三陸で選挙をするなど、クレイジーだ。まるでコメディーですよ。
- 話を聞いていると、どんどんこの国の問題点が浮き彫りになりますね。やはりこの国の将来については、悲観的でしょうか。
ファックラー 誤解を恐れずに言えば、3・11が日本の将来を考えるいいきっかけになれば、と思います。東京電力もそうですが、日本はいまだに古い体質の企業が経済を牛耳っている。そうではなく、新しい経済構造 - つまり若い人にもっとチャンスを与え、起業家精神をもっと育成する新しい社会づくりが必要でしょうね。これを機に経済構造を若返らせることができれば、日本の経済についてはそれほど悲観的になることはないと思うのですが。
問題は政治のシステムを変えられるかどうかですね。先ほど申し上げたとおり、危機的な状況のときには、もっと官邸が強い決定権をもてるようにしないと、今後の復興もうまく進まないでしょう。残念なのは震災から3カ月がたったというのに、政治システムの論議がまったく起こらず、政局に終始していることです。この危機をチャンスとして生かせないなら、日本の将来には悲観的にならざるを得ないでしょう。
- ジャーナリストとして、そして一人のアメリカ人として、あなたが原発の是非についてどう考えているか、最後に伺いたいのですが。
ファックラー これは私だけでなく、アメリカ人にとって大変な難問なのです。原発のメリットは言うまでもなく分かっているのですが、そのリスクがあまりに大きすぎる。基本的には脱原発の方向に向かっていくものと思われますが、われわれの決断のためにも、福島事故以降の日本の選択は大変重要な意味をもつのです。日本の選択に大変注目していることを、最後にもう一度、つけ加えておきたいですね。
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