トリイ・ヘイデン/TOREY HAYDEN
児童虐待は現代社会の歪みではなく、いつの時代にも何%かの人が起こしてきた
(SAPIO 1999年2月24日号)

愛されない子―絶望したある生徒の物語
トリイ ヘイデン (著), Torey L. Hayden (原著), 入江 真佐子 (翻訳)
シーラという子―虐待されたある少女の物語
トリイ・L. ヘイデン (著), Torey L. Hayden (原著), 入江 真佐子 (翻訳)

「青春時代というのは、孤独なものです。でも、それを支えてくれる多くの人が周りにいることを忘れてはいけない」と、情緒障害児との交流を綴ったドキュメント『シーラという子』の著者、トリイ・ヘイデンさん。
学生時代にボランティアとして始めた活動が、教員免許や精神医学研究者の資格を取得し、今やライフワークとなった。
最新作『愛されない子』では重い精神的問題を抱える子供や母親との触れ合いを描くが、これまでの一連の著作は、世界で2000万部を超す超ベストセラーとなっている。その子供達への心からのケアぶりに共感を持つ人は多く、先日の日本での講演会では、会場の多くの聴衆が感動して泣き姶めたという。世界的に増加する凶悪犯罪の低年齢化や、児童虐待などの問題をヘイデンさんとともに考えたい。


心理学者が病名を与えるだけでは誰も救われない!


−情緒障害児の世話をすることになったきっかけは?

ヘイデン アメリカの大学の学費はとても高く、学費が足りずに、社会的に不利な立場にいる貧しい児童の世話をする教師をサポートする仕事を姶めたのです。アメリカの北西部で、農場の季節労働者が多く、2,3マイルの間に精榔病院もあれば州刑務所もあるという環境でした。

−そこで、初めて関わった子供の姿が、あなたの人生を?

ヘイデン ええ、初出勤の日に会った子供が印象的でした。小さな女の子で、スクールバスから降りるやいなやピアノの下に、潜りこんで出てこない。その部屋に入った時、担当の教師から「あの子に関しては心配するな。あれ以上悪くなることはないから」と言われました。私は何をしていいかわからず、自分も腹ばいになってピアノの下に潜り、彼女と話をしました。そして5か月が経って話題が尽きた頃、子供用の本を買ってきて読み始めました。さらに何週間か経った頃、ピアノを目掛けて走る彼女に「快適じゃないかもしれないけど、ここへ座れば?」と言うと、初めて私の目の前に腰掛けたんです。当時は60年代の終わりで、児童虐待についてはあまり知られてませんでしたが、彼女は父親から虐待を受けていたのです。トイレの便器に顔をつっこまれたり、ストーブに手を押し付けられたり、煙草をこすり付けられたりといったような…-。ところが、その少女は、恐怖をあらわにしながらも、父の行為を懸命に理解しようとさえしていたのです。この少女との出会いに、私自身すごく感動したことを憶えています。

−不快だと感じたことは?

ヘイデン いいえ、私は生物学専攻でしたが、学校で学べない、自分では解決できないことに出くわして、魅了されてしまった。初めて知的な壁にぶつかったと感じたのです。どれほど自分が賢いと恩っていても、マスターできない、いくら学んでもきりがないと恩いました。最初は週5時間の労働予定が28時間にもなり、卒業できるか心配になったほどです(笑)。このような子供は、みんなが理想主義に陥っていた60年代の家庭の生まれで、無視されて育つ存在でした。その姿を見て、私は何とかして彼らを救わなくてはいけないという気持ちになったのです。時にはどうしようもないという気持ちに襲われましたが……。

−『幽霊のような子』のジュディはどんな子供でしたか?

ヘイデン 私が会ったときには、すでに彼女は選択的無言症と診断されていました。本当はしゃべれるのに心理的な理由で話さないのです。そういう子供を心理学者は診断し病名を与えるだけです。でも、それがプラスになるのならいいのですが、何の効果もありません。私は、普通の子供になるように導くために、毎日子供と会話をする遇程に重点を置き、自分でも楽しみながら進めるべきだと思うのです。


催眠術を駆使して、むりやり被害者を生み出す「犠牲者文化」の異常

−児童虐待の状況は、アメリカでは悪化している?

ヘイデン 数字的には増えも滅りもしない横ばい状態です。児童虐待は、人間の行動の一部で、人口のあるパーセンテージの自己抑制がきかない人々が起こすものです。実は子供を叩く、殴るというのは50年前のアメリカでは受け入れられた行為ですが、今は逆です。日本も同じでしょう?私は今のアメリカは「犠牲者文化しが台頭していると思っています。つまり“人生が必ずしもいいことずくめではない”ということを受け入れらない人がいます。でも、誰かに責任をなすりつけるわけにはいかないのです。そこに無責任なセラピストが現われ、どこかが間違っているという前提に立って、子供の頃に何かあったのではないかと追求する。憶えていなければ、催眠術を使って何が見えるか闘き、「影が映る」と答えれば、それを父親か?あるいは暴漢か?と闘く。その緒果、あなたは犠牲者だと言つわけです。だから私は、催眠術を使いません。なぜなら、人が催眠状態になった時に何が起こっているか、あまり理解されてない分野だからです。犯人の顔やクルマのナンバーを思い出したりするのは、犯罪捜査では役立つかもしれません。でも「記憶違い症侯群」というのもあって、まだよくわらないことが多いのてす。

−でも、裁判官や陪審員はその証言を信じてしまうのでは?

ヘイデン 児童虐待や性的虐待では、子供はウソをつかないという、私たちの思い込みは通用しません。最近、私の住むイギリスで、11歳の子供が教節を性的虐待で訴えるという出来事がありました。少女は友人に「5回も虐待された」と言ったのです。しかも一回は二人のレズビアンに、一回は図工の教師に、一回は14歳の少年に、一回は24歳の男性にナイトクラブでと。これらは催眠術によって思い起こされたものですが、ところが実際はそうではなかったのです。しかし、残念な事に14歳の少年がレイプをしたという記述は裁判所に残り、少年は学校を追い
出され引っ越した。つまり少年の人生を崩壊させてしまったのです。11歳の少女が強姦されたのが事実なら、むごいことですが、少年が無実の罪に問われることはもっとむごいことです。

−日本の教育の質が悪化していると感じられましたか。

ヘイデン 私が見たかぎりでは欧米に比べると、まだそれほどではありません。でも日本特有の問題を抱えています。その一部はマスコミが作り上げたもので、社会に対して悪いモデルを示していると恩います。70年代の映画雑誌を例にとれば、『ゴジラ』の記事があり、そこには「この映画は恐ろしいので、注意するように」との警告と女性が失神する絵が載っていました。ところが今では、この映画を幼稚園児にも観せるほどです。つまり我々はショックを受けにくくなっている。暴カがだんだんエスカレートすると、それに従って感覚がマヒしてくるんです。怒りやショックを通り越してエンターテインメントになっている。他にもいろんな要素があるでしょう。家庭の崩壊、マスコミの影響、あるいは子供と一緒に時間を遇ごすべき時期に両親が働いていたりする。どんな先進国もこうした闘題を経験している。日本人はどの国にもある問題で、自分自身を責めすぎているのではないでしょうか。

−親が子供に果たす役割についてどう考えますか?

ヘイデン アメリカは日本と比べて、数年?いやそれ以上に家庭崩壌が進んでいます。15-25歳の読者からの手紙には「みんな私の言うことを聞いてくれない」とか「私がいようといまいと誰も気にしてくれない」とかいった内容が多いのです。親の大半は子供を愛していますが、コミュニケーションがうまくいかず、子供に疎外感を与えてしまっている。それで子供と話している時に宇宙人と話している気がしてしまうのです。疎外感と孤立感から自殺を考えてしまう子供もいます。大人が大人として責任ある行動をしなくてはならないのに、子供と同じような行動をしている。一緒になってジャンクフードを食べていたりね一笑)。善悪の判断も明確に教えたりする。精神的な教育というのは、現世代が次の世代にするしかないのです。ある雑誌には、10-12歳の子供を持つ親の70%は「自分の子供と一緒に遇ごしたくない」という数字が出ていました。理由は「子供が要求ばかりして不快だから」だそうです。甘やかされて何でも許されている子供は、一見いい子に見えますが、彼らは物事に対処する力を備えてないのです。


児童虐待の講演を聴き自己体験を思い出して泣き始めた聴衆たち

−日本では父親の権威が喪失したと言われていますが。

ヘイデン 子供にとってば、両親がちゃんといるという経験が重要だと思います。父親と母親とは子供に接する方法が違うからです。母親が父親よりも巌しい家庭がいくつもあります。ただ、父親または母親が一人だけで親としての役割を果たすことは、かなりきつい仕事です。両親がともに子育てに関わるべきだと恩います、どちらかが優位圭義を取る必要はないのです。

−講演で聴衆が泣いたとか。

ヘイデン そうです。気が付くと目の前にいる人達が泣いているのですから、まったくどぎまぎする経験でした。質疑応答が始まったとき、ある女性が、『シーラという子』を読んで、私が虐待と真っ正面から取り組んでいることを評価し、自分が虐待された経験を語って泣き始めたのです。すると隣の男性が、またその隣が、というように広がっていったのです。日本にもこれだけ多くの児童虐待の経験者がいるのかと、本当に驚きました。

 
 
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