ジェィ・ルービン/Jay Rubin
『ハルキ・ムラカミと言葉の音楽』
(週刊文春 2006年11月9日号)


「この本が日本語に訳されることを知ったときは、いささか驚きだった。というのも日本語がわからない愛読者のために、村上春樹の作品や人生について書いたからだ」
ジェイ・ルービン氏は村上の作品を世界に知らしめた翻訳家の一人として、自分が果たしてきた役割を誇りに思う。
「最初は彼の短編集に解説をつけて、読みやすくするために書き始めたが、段々作品の部分が少なくなり、解説が多くなってしまった」
村上春樹の作品と音楽は切り離せない。ジャズに始まり、あらゆるジャンルの音楽を彼は好む。
<村上は言葉の音楽を楽しみ、自分の文体のリズムとジャズのビートとの類似性を感じとっている>
本のタイトルの一部にもなった「言葉の音楽が聞こえる作品を英訳するとなると、いくら村上が英訳臭い日本語を使うとは言え、至難の業である。
「アメリカ人は、基本的に日本には関心がないが、傑作には関心がある。村上の作品を日本人の作家が書いたものとして読むのではなく、グローバルな作品として読んでいる。しかも、翻訳モノをあまり受け入れないアメリカ人に、これほど受け入れられるようになったのは、日本人の作家として村上が初めてだ」
アメリカ人は、国土の広さとは正反対に、文化的には島国根性であるという。
「今でも、世界の終りとハードポイルド・ワンダーランド』が最高傑作と思っている。小説を小説たるものにする構成がこれほどしっかりしたものは他にない。
もし『ノルウェイの森』を初めとして、他の作品を先に読んでいたら、これほど彼の作品に夢中にならなかったかもしれない」

そのルービン氏が日本語を勉強し始めたのは、驚くべきことに十九歳のときだった。そのきっかけは、シカゴ大学で取った日本文学入門コースにある。志賀直哉の『暗夜行路』や夏目漱石の作品の名うての翻訳家マクレラン教授に、カリスマ性があったせいか、ルービン氏は原著を読むしかないと一念発起し、日本語をマスターしたのだ。
「文学の翻訳はどれはどうまく訳してもそれは、翻訳家の一つの解釈であり言わばピアニストと同じだ。ピアニストはオリジナルの作品を解釈して演奏する。だから、常に新しい解釈を求められる。翻訳もそれと同じで恒久的なものではなく、常に新しくしていかなければならない」
英語と日本語は特に距離が離れているので、翻訳するとかなりの部分が失われるという。
「例えば、村上春樹の『かえるくん、東京を救う』の中で、主人公が“かえるさん”と呼ばれると、“かえるくん”と呼んでください、という部分があるが、それをどう英訳するか、随分悩んだ」
翻訳では基本的に注釈は禁物だと考えるルービン氏に閃いたのが、かえるさんは“Mr.Frog”、かえるくんは“Frog”だった。他に時制の問題、単数、複数の問題など英訳するときに永久に付きまとう問題は枚挙に暇がないが、村上がよく使う「ぽく」と「わたし」の使い分けを英訳するのも一筋縄ではいかない。
村上春樹はカズオ・イシグロと同じように翻訳されることを意識して書いていると言われるが、それでも翻訳家の悩みはつきない。
この本は、村上が世界に知られるようになる過程を垣間見させてくれる点でも、日本の愛読者にとって、最高の指南書だと思う。
 
 
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