週刊ポスト 2002年12月6日号
<米国ノースカロライナ発>

「ひとみさんを孤立させない」
ジェンキンス家族が激怒!
「『週刊金曜日』記事は北の身代金要求だ」


日本の拉致被害者のひとり、曽我ひとみさん(43)の夫で元米軍兵士、チャールズ・ロパート・ジェンェンキンス氏(62)の甥、ジェームズ・ハイマン氏(42)は、『週刊金曜日』のインタピュー記事で実に38年ぶりに伯父の“肉声”を目にした。それは彼ら肉親の長い祈りと期待に反するものだった。ハイマン氏は本誌に身を震わせて語った。「これは北朝鮮の恐喝行為だ」--。



ジェンキンス氏が生まれ育った米ノースカロライナ州リッチスクエアは人口約5000人の小さな町だ。1965年1月に北緯38度線付近でジェンキンス氏が姿を消す直前のクリスマス、休暇で帰国していたジェンキンス氏は慣れ親しんだ生家で家族とともに聖夜を祝った。木造2階建て、白壁の生家は現在も残るが、同氏の“失跨”後、母は再婚し、2人の姉も家庭を持って家を出たため、現在、人影はない。所々に剥げ落ちたペンキ跡が《空白の38年》の長さを改めて感じさせる。
「早くお母さんに会いたい」と題した『週刊金曜日』(11月15日発売)のインタビュー。ジェンキンス氏は2人の娘とともに、妻の帰国を訴えた。日本で記事を見せられたひとみさんは狼狽し、涙を見せたという。その思いは、ジェンキンス氏家族も同じだった。本誌11月22日号では、同氏の母、パティ・キャスパーさん(82)が「息子は北朝鮮に拉致された」と告白したが、今回は体調がすぐれない母に代わり、甥のハイマン氏が対応した。
「家族、親戚を代表して私が話します」そういってハイマン氏は語り始めた。

−ジェンキンス氏のインタビューを見てどう感じたか。

「これは北朝鮮からの圧カだ。恐喝にも等しい。ひとみの家族を人質として交渉の材料に使い、日本に揺さぶりをかけている。このインタビューは、ひとみを戻せという督促状であるのと同時に、日本に経済援助を求める“身代金要求”だ。憤りで体が震えた」

−記事にはジェンキンス氏と2人の娘の写真も使われているが。

「(目を伏せて考え込んで)言葉にならない。彼らは全部事情はわかっているのだと思う。だが、いってみれば頭に銃を突きつけられた状態で話をさせられている。本当のことなど話せるはずがない」

−あなた方家族は、ジェンキンス氏の北朝鮮への出国を脱走・亡命ではなく拉致だと主張している。

「それは今も変わらない。『週刊金曜日』で伯父は、『ベトナム戦争への従軍を拒否した』といっているが、あれも、伯父を脱走兵に仕立てるため、北への入国を亡命に見せかけるための作り話にすぎない。伯父は軍人であることを常に誇りに思っていたし、従軍拒否などしたことはない。それに、仮に拒否していれぱその時点で軍を解雇されていたはずです(※@)」

−同氏は脱走兵の時効について触れた上で(※A)、「北朝鮮での生活は自由だった」とも語っている。

「私たち家族への連絡もとれないのにどこが自由なのか。それに、本当に自由に暮らしている人聞がわざわざ時効のことなどしゃべるでしょうか。伯父は心底アメリカを愛していた。恐らく、北朝鮮に連れて来られたこと自体を恥じているのではないか。だからこそ自分とアメリカの立場を考えて、『自分の意思で北へ来たわけではない』との意味を込めて、あえて時効の話を出したのではないかと私たちは考えている。自由に話せるようになれぱきっと潔白が証明されると信じている」

−ひとみさんはこれを読んでひどく混乱した。

「当たり前だ。まったく卑劣な八百長だ。このインタピューを掲載した雑誌は、ひとみに対しても、日本国民に対しても何の敬意も払っていない。私たちは記事を読んで、なんとしても伯父を取り戻し、ひとみとともに日本で暮らせるようにしてあげなければいけないと思った。彼女まで孤立させてはいけないと思った。ひとみは私たちにも増して辛いだろうが、日本で頑張り続けてほしい」

ハイマン氏は記者が渡したひとみさんの写真を見ながら、そう励ました。


ブッシュに宛てた『嘆願書』

現在、ジェンキンス氏の処遇をめぐっては日米政府間で交渉が進められているが、『週刊金曜日』の報道を受け、家族らは11月15日付でプッシュ大統領に宛て《嘆願書》を出した。ハイマン氏がまとめた。その抜粋である。

<アメリカ政府は、どうしてジェンキンス本人と接触がないにもかかわらず彼を“脱走兵”“亡命者”と見なすのか。なぜ、38年もの間私たち家族を無視し続けたのか。80年ごろ、従軍していた私は、軍幹部に対しジェンキンスのことを質した。返ってきた答えは“その問題には触るな”というものだった。私たち家族は、彼に関する情報が一切明らかにされないまま軍や政府が彼を脱走兵と呼ぷことに関してとても納得できない>
さらに続く。
<私たちの国では有罪と証明されるまでは無罪のはずだ。どうしてこのケースに限ってそれがあてはまらないのか。北朝鮮は、工作員に日本の習慣や語学を身につけさせるために日本人を拉致した。同じことはアメリカ人に対してもなされたはずだ。ジェンキンスが拉致されたわけではないとどうして判断できるのか>

文面はこう結ばれている。
<アメリカは自由と正義の象徴である。そしてそれこそ私たち家族が求めるものである。誇り高きアメリカ人として、私たちには真実を知る権利がある。そうすることで長すぎた38年という空白の時間にピリオドを打ちたい>

ハイマン氏は取材の最後にこんな言い方をした。
「北朝鮮には伯父以外にもたくさんのアメリカ人が囚われている。もしも北朝鮮からすべての拉致被害者を救出することができたなら、アメリカは北を攻撃し、金正日体制を崩壊させて構わないと思う。独裁者・金正日とはどんな約束をしても意味がない。私たちは、伯父がなぜ北で暮らさなげればならなかったか、その答えを得るまで闘いを続ける」。

拉致の因って来たる原因はどこにあるのか。北朝鮮の軍事行動、テロ行為そのものの結果である。にもかかわらず、被害者個人の事情にすべてを覆いかぶせても何の意味もない。北朝鮮の国家犯罪によってジェンキンス氏問題が生じたと見るなら、やはり日本人拉致事件と同じ視線で考えるべきなのだ。


●『週刊金曜目』11月15日号/11月10日に平壌市内の高麗ホテルで行なった単独インタビューの内容を報じた。ジェンキンス氏は2人の娘とともに北朝鮮での生活に触れ、「私たちは何不自由なく暮らしています。今要求することは、妻が帰ってくることだけです」と発言したとされる。また、平壌空港で曽我ひとみさんを見送った際に、中山恭子内閣官房参与らが「10日間でひとみさんを戻す」と約束したと明かしたが、中山参与はこれを否定している。

*@ベトナム戦争への従軍拒否/ジェン手ンス兵は在韓米軍の一員として北朝鮮との国境地箒に駐留していた1965年1月に行方不明となっているが、同年、米軍はベトナム戦争に本格的な介入を開始した。2月に北ぺトナム爆撃、3月には3500人の米兵を南ペトナムのダナンに上陸させた。

*A脱走兵の時効/米軍法は脱走兵に厳しい処罰を科しており、ジェンキンス氏が北朝鮮を出国した場合、軍法会議にかけられた後、5年以内の禁固刑が下る可能牲があるが、同氏は記事中で「脱走兵の時効は40年と聞いてい」。、「私はあと3年で時効になります」などと述ぺている。
 
 
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