ジョン・B・シュワルツ/John Burnham Schwartz
米国人作家が書いた皇室小説
美智子さまの声で綴る

今アメリカで、日本の皇室を舞台にした小説が耳目を集めている。皇后陛下美智子さまの声で書かれている前代未聞の小説である。
(週刊AERA 2008年5月12日号)


ハルコ・ツネヤス(正田美智子)は戦後上流階級の家庭で育ち、聖心女子学院に通う。その後、皇室に入るが孤立する。30年後に息子がケイコ(雅子さま)と結婚した。"THE COMMONER"(一般人)というタイトルのこの作品は、まるでノンフィクションのように読める小説である。

著者のジョン・バーナム・シュワルツ氏は、ハーバード大学で東アジア学を専攻した。
「日本語だけではなく、日本の歴史や文学もよく勉強しました。雅子妃はハーバードでぽくより2年上でしたが、名前はよく耳にしていました」

今回の小説を思いついた嚆矢は、彼の叔母に当たるマーガレット・マクエルダリーだった。すでに90代だが、まだ矍鑠として児童文学の編集に携わっている。
「美智子さまが、日本の詩を英訳されて、その本の編集に携わったのが叔母です。叔母はその後、直接美智子さまにお会いして、二人きりで2時間ほど食事をしました」

◆叔母から聞いた逸話

叔母がシュワルツ氏にしたそのときのエピソードが、ずっと忘れられなかった。美智子さまは、皇室に入ってから、心労で声が出なくなったエピソードを直接叔母に話したという。

55歳まで独身を通し、編集者として成功した人生を送ってきた叔母は、美智子さまと正反対の人生を送っていた。

「食事の間、美智子さまは、叔母の人生について質問をし続けたのです。それはまるで、もし自分が皇室に入らずに、"一般人"として人生を送っていたら、どういう人生になっていたかを想像しているようだった、と叔母は言っておりました」

このエピソードを頭の片隅に置きつつ、3年ほど前、美智子さまの声が直接聞こえたかのように、小説にしようと決意した。

「西洋人のぽくの目からみると、一般人から皇室に入るということは、別の文明に住むと言ってもいい。一旦そこに入ると自分の人間としての声は奪われます。小説家の役割はそこから始まります」

この小説を書くために多くの資料を読み込み、日本にも飛んだ。シュワルツ氏の友人でもある日本文学者のドナルド・キーン氏の紹介で、当時の侍従長渡辺允氏と帝国ホテルで食事をしながら話ができたことは幸運だったという。美智子さまの親友とも話をした。

◆消えぬ「一般人』の記憶

ゴシップには関心はなく、あくまでも皇室に敬意を抱いてこの小説を書いたというが、すでに知られた事実は小説のあちこちにちりばめられている。

「雅子妃は、3回も拒否したにもかかわらず結局、美智子さまと同じ道を歩むことになりました。でも、この2人の女性の記憶から、『一般人』のときの人生の記憶が消えることはありません」

日本でのリサーチを終えて、数カ月経ったとき、美智子さまから友人を通して、本がシュワルツ氏のところに送られてきた。そこには美智子さまが記者会見などでしゃべった内容がすべて書かれていた。

シュワルツ氏はすでにサイン入りの本を2冊、美智子さまの親友に送ったという。

「美智子さまや雅子さまがこの本を実際に手にして読んでいるときの表情を想像したい」

すでに10ヵ国語に訳されようとしているが、日本での出版は来年になりそうだ。
 
 
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