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普天間移設問題は結局、鳩山前首相の辞任という情けない幕引きが図られた。一方、迷走を続ける日本を尻目に、中国はその存在感を着々と高めている。アメリカは今後、どのように東アジアにコミットしていくのか。 オバマ外交のキーワード「スマート・パワー」の生みの親が語る!
ジョセフ・ナイ教授はカーター政権で国務次官補、クリントン政権で国防次官補として政策に関わった、米国を代表する国際政治学者である。クリントン政権下で示された“ナイ・イニシアティブ”と呼ばれる「東アジア戦略報告」では、冷戦後の米国の極東安保構想を描き出し、これが新ガイドラインにおける日米同盟の再定義につながった。
1980年代に巻き起こった米国衰退論に対して、「ソフト・パワー」という概念を用いて痛烈な批判を行い、金融危機以降に生じた新たな米国衰退論に対しても、批判的な視点を持つ。ナイ氏が説く「スマート・パワー」とはどのような概念か。それは今後、国際政治をどのように変えていく力となるのか。
日本政治の現状、台頭する中国の行方、さらには日米関係の将来について、ニューハンプシャー州の別荘まで足を運び、独占インタビューを行った。
普天間問題は日米の主要課題ではない
−鳩山首相は後手に回った普天間移設問題で退陣を余儀なくされましたが、どのような点で躓いたのでしょうか。
ナイ 普天間問題を参院選の争点にする前に、米国にもっと警告を出して、水面下で議論を進めておいたほうがよかったと思います。いったん選挙に争点になってしまうと、それを外交問題として扱うことが難しくなる。
−日米両国はいかなる態度をとるべきでしたか。
ナイ 米国側もまた、この問題が選挙の争点になってしまうと、民主主義国家では政治家が引き下がることが非常に困難であることを認識すべきだったと思います。つまりは米国もまた、忍耐強くあるべきであった。結果からみると、鳩山氏が公約を果たすことができなかったのは失策でしょう。これは政治的失策で、だからこそ彼は躓いたのです。
−菅政権に対しては「楽観的」と発言されていますね。
ナイ 管政権は米国と良好な関係を保とうとすることに関心を抱いているし、事実、日米関係について非常によい声明を出しました。難点となるのは、菅首相が沖縄の人々を説得できるかどうかでしょう。それは今年11月の知事選の結果をみるまでわかりません。私は米国政府にいるとき、沖縄に関する特別行動委員会の共同委員長を務めていました。すでに15年前、われわれは普天間基地のある宜野湾市へのプレッシャーを軽減する必要を認識していて、何年間も交渉して同意に達したわけですが、この同意が参院選のときに政治上のフットポール(論争の種)になったことには失望しました。膠着状態が続けば、宜野湾市民にとっても残念なことでしょう。
−膠着状態をどうやって打開すべきですか?
ナイ 現時点ではわかりません。知事選の結果を待って、沖縄県民が本当に望むことは何かを知らねばならない。その結果が日本政府の判断に影響を号えるからです。
−日米関係ははたして、普天間問題を除けばそれほど心配しなくてもよい状態ですか。
ナイ 日米関係において、普天間問題は二次的な問題であり、主要な課題ではありません。はるかに重要なのは、日本は北朝鮮に関して先行き不安があり、台頭する中国の挑戦にどう立ち向かうかという難題を抱えている、ということです。この二つは日米共通の利害であり、東アジアの安定は日米間の密接な関係にかかっています。
−11月のオバマ訪日の際、何を行なうべきでしょう。
ナイ 普天間問題の詳細には立ち入らず、日米安保の重要性を再確認することが重要です。繰り返しますが、普天間問題を最重要課題であるかのように扱うのは間違いです。
−民主党政権の核政策は、核密約の公表や消極的安全保障(negative security assurance)の積極姿勢なビ、自民党政権とは異なります。オバマ政権も「核兵器なき世界」を標榜していますが、日本の「核の傘」のあり方をどのようにご覧になっていますか。
ナイ オバマ政権も日本の民主党も、「核兵器なき世界」という長期の目的を共有してはいます。この目的は達成されないかもしれない。それか達成できるかどうかは、そのことを可能にする政治的状況をつくりだせるか、という点にかかっているでしょう。
そのような政治的状況ができるまでは、北朝鮮や中国、ロシアなど核を保有する近隣国に対して日本を守るべく、抑止力を延長することは必要であると思います。つまりは短期的には、抑止力は依然として重要であると認識しつつ、長期的には、「核兵器なき世界」を望む、ということです。
−普天間問題で垣間見られた日米関係の軋みは、東アジア諸国の戦略計算(strategic calculation)にマイナスの影響を与えたと思われますか。
ナイ そうは思いません。しかし軋みがエスカレートするのを放っておいたなら、マイナスになった可能性があるでしょう。いまは日米双方が、その軋みは両国の国益にならない、という認識をもっているように思います。
中国は地域覇権国をめざしているか
−現在の東アジアの戦略環境をどのようご覧になっていますか。この数年、その環境はいかなる変化を遂げたのでしょうか。
ナイ 東アジアは計り知れない繁栄の地域であると思います。世界経済にとっての重要度はますます増していますし、東アジアの安定を縫持することは、この繁栄が大きく在りつづける重要な条件であるように感じます。
しかし、この安定は日米間の良好な関係と日米安保条約によってつくりだされています。つまりは、この地域で軍拡競争かあるかもしれないという懸念はない、ということを意味しているのです。もし米国が東アジアから撒退することがあれば、日本は単独で中国や北朝鮮と対峙しなければならなくなるし、東南アジア諸国も中国が南シナ海をどう扱うかという問題に直面することになる。そのような不安定さが生じれば、この地域の経済成長を妨げる可能性があるでしょう。
−東アジアの安定を損なうようなリスクとして、やはり米国が東アジアから撤退する、という点を挙げられますか?
ナイ 起こり得ないことだと思いますが、一つの可能性としてはあり得ます。もう一つは、金正日が他界したときに朝鮮半島に混乱が起きるか、あるいは他の危険が出てくる、というケース。さらにいえば、台湾が独立宣言を行なう、というケース。いずれも可能性が高いとは思えませんが、あえていえば北廟鮮に関連するリスクの確率が高いでしょうね。
−6月に中国が、ゲーツ国防長官の訪中を「適当な時期ではない」と断ったあたりから、米国では中国に対する巌しい論調が目立っています。とくに中国が南シナ海を「中核的利益(core interest)」と見なしていることは、米国や東アジア諸国を刺激している。シカゴ大学教授のミアシャイマー氏のように、中国は地域覇権国をめざしているという人もいます。東アジアにおける中国の方向性をどのようにお考えですか。
ナイ 中国が南シナ海を「中核的利益」と見なす決定をしたとき、多くの人が愕然としたように思います。それより以前はチベットと台湾に関して、その言葉を使っていたからです。中国の沿岸からそれほど遠い地域を中国内部と同様に扱うのは非常に危険でしょう。この件について中国人の友人は、中国の行動をみれば、チベットと同じようには扱っていないことがわかるだろう、と話していましたが。
しかし、中国は地域覇権国をめざしている、というミアシャイマー教授とは意見を異にします。彼は中国について人騒がせな人だと思いますね。まだ中国が東アジアでどのような方向性をとるかはわからないなかで、中国の方向性を決め付けているわけですから。
−現蒔点で中国の戦賂的方向性は、必ずしも明確ではないと。
ナイ ケ小平が「農村部では生産責任制、すなわち経営自主権を保障し、都市部では欧米の外資の積極的利用を奨励する」という考え方を述べたとき、その戦略的方向性は明確になったように思います。もちろん十年後の戦略的方向性は誰にもわかりませんが、中国自身もそのことをわかってはいないでしょう。
−中国が危険な方向に向かっているかどうかを判断する材料とは、どのようなものでしょうか。
ナイ 中国が現在よりもさらに強い国家主義的な考えを強化すると、それは外部に対してもっとアグレッシブな行動をとることにつながります。それは懸念材料となるでしょう。具体的な問題が起きたときには、毅然として立ち向かわなければなりません。たとえば台湾やチベットに関する問題、南シナ海の国際水域の問題が起きたときなどです。
−オバマ政権の中国政策をどのように評価していますか?中国が南シナ海などで強気の姿勢をみせているのは、オバマ政権の対中姿勢を弱腰と見ているからではないか、という意見もあります。少なくとも日本ではそうした見方が強い。
ナイ 日本のそのような見方は当たっていないと思います。結局のところ、オバマは台湾に武器を売却したし、ダライ・ラマ14世の訪問を受け入れました。中国はそれを快くは思っていないでしょう。そういう意味でオバマはけっして弱腰ではないし、中国もまた、そう思ってはいない。
−現在、世界銀行総裁を務めるゼーリック氏が述べたように、中国を「責任ある利害関係者」にするためにはいかなる手段が必要でしょうか。
ナイ たとえばイランに対する制裁など国連における主要な問題について、中国が何らかの役割を果たすよう説得する、ということが重要でしょう。イランが核兵器を開発したとき、あるいは人権を侵害しているスーダンについて、責任ある立場を取らせる、といったことです。それか中国が「責任ある利害関係者」になっているかどうかを測る指標になると思います。
オパマは「スマート・パワー」を巧みに活用している
−アフガン情勢は泥沼化の様相を呈しており、昨今はドル不信も強まっているようです。あなたは冷戦後、米国衰退論を批判しましたが、いよいよ米国は衰退に向かっているのでしょうか。
ナイ 現在、私は“The Future of Power in 21st Century”(21世紀におけるパワーの将来)という本を執筆していて来春に出版する予定ですが、そこで議論しているのは、米国は衰退の道をたどっていない、ということです。金融危機のあとには悲観主義が支配しましたが、米国は楽観主義と悲観主義のサイクルを繰り返す国です。衰退論を信じることは新しいことではありません。
1957年にソ連がスプートニクを打ち上げたあと、1971年にニクソンが金とドルの交換を停止したとき、そして80年代にレーガンが巨額の財政赤字を出したとき、いずれも衰退論が米国を支配しました。しかしいま考えてみれば、それが衰退ではなかったことがわかるでしょう。同じように金融危機を経て、現在も衰退論が出現しています。失業率が高止まっている状態で、経済の悪化が人びとの不満を助長し、悲観主義を加速させている。しかしまた同様に2,3年たてば、その衰退論が現実ではなく、一時的にそのような心理状態になっていた、ということに人びとは気づくでしょう。
私は米国の将来について通常より楽観的に考える傾向にありますが、多くの人がいま思っている以上に、米国の将来は明るいと思います。
−将来、中国が米国に取って代わることはありますか。
ナイ ないでしょう。中国は成長し続けると思いますし、たしかに2030年にはGDP(国内総生産)で米国に匹敵するかもしれません。しかし、一人当たりのGDPで米国に追いつくことはない。米国は中国よりも軍事力があるし、さらには、ソフト・パワーも併せ持っているわけですから。
−CNAS(Center for New American Security)のパトリック・クローニン氏は、米国は当面、国力の回復に努めるべきで、対外関与をしばらく抑制すべき、という議論を行っていますね。オバマ政権の国家安全戦略保障からも同じようなニュアンスを受けますが、そのようなアプローチは有効でしょうか。
ナイ アジアにおいて大規模な地上戦を避けることは理にかなっていると思います。イラク戦争、アフガン戦争は賢明でなかったでしょう。しかし米国がいま現在、韓国、日本などに駐留しているように、空軍、海軍は引き続きアジアにとどまるべきであると思います。
−あなたが提唱した「スマート・パワー」は、オバマ政権のキーワードにもなりました。たしかに米国に対する好感度はなにがしか回復したように思いますが、はたしてそれでほんとうに信用度(credibility)は高まったのでしょうか。
ナイ 米国の信用度は高まっています。最近、東アジアで行なわれた世論調査をみても、まだ米国は中国よりソフト・パワーと信用度があることが理解できます。
−オバマ政権は、「スマート・パワー」をうまく活用できでいますか。
ナイ オバマは「スマート・パワー」を巧みに活用していると思います。オバマは前政権から、いくつかの難題を引き継ぎました。イラクとアフガンにおける戦争、経済危機、イランの核問題、北朝鮮問題、中東の和平プロセス問題などです。これらはすべて難題で、一夜にしてこれらを解決することはできない。しかしオバマは、それらにかなりうまく対処しているといえるでしょう。
−「スマート・パワー」という考え方自体を修正する必要性はありますか?
ナイ ハード・バワーとは威嚇や報復による手段を駆使する力、それに対してソフト・パワーとは相手を魅了し、欲するものを手に入れる力です。そのようなハード・パワーとソフト・バワーを結集し、互いに補完させることでスマート・バワーが実現されます。これ以上の修正を想像できません。
来春出版する本では、軍事力、経済力、そしてソフト・バワーの将来について語っています。そのような力が米中関係やサイバースペ一スなどにどのような影響を与えるかについても、議論をしています。
日本よ、内向き志向を強めるな
−報道によれば先日、ついに中国のGDPが日本を抜きました。これまで日米同盟は世界第一位と第二位の経済力をもつ国の同盟と呼ばれていたわけですが、日本の経済的地位が低下することで、同盟の性格はどのように変化していくのでしょうか。
ナイ それは日米関係に何の違いももたらさないでしょう。ときどき日本の友人に、「もし中国がさらに成長し、さらにバワフルになったら、米国は同盟関係を日本から中国に移すのか」と聞かれることがありますが、私の答えはノーです。
その根拠として、二つの重要な理由かあります。第一に、日本は米国にとって脅威ではないが、中国はそうなる可能性がある、ということ。そしてもう一つは、米国と日本がともに民主国家である、ということです、中国か民主国家になるまでの道のりはまだまだ長い。つまり中国が日本より経済的に強くなるだけでは、それが日米同盟に影響するということはない、ということです。
−中国は経済的にはパートナー、外交的にはライバル、安全保障上は懸念対象という複雑な存在です。日米は今後、中国とどのように向き合っていくべきですか。
ナイ 米国も日本もまた、安定的で繁栄した中国の姿をみたい、と思っています。それは中国自身にとっても望ましいことでしょう。
日米中というライアングル(三角)の関係において、どの(三角の)辺も良好な関係をわれわれは望んでいます。しかし、その辺の長さは同じではありません。そこには日米同盟があり、日米関係のほうがより密接だからです。
−いつか中国が民主化したとき、そこで在日米軍はどのような意味をもちますか。
ナイ もし中国が民主化して、米国と日本との関係が良好であれば、在日米軍の意味は薄れるかもしれません。不確実性を防衛する軍隊はそれほど必要がなくなるでしょう。一方で、いま予想できない別の問題が出てくる可能性もある。それは誰にもわかりません。
−そのような時期を見据えたうえで、いま日本が打つべき手は何ですか。
ナイ 民主党政権で菅首相が靖国神社を訪問しなかったのは賢明でした。靖国神社の参拝は、とくに中国と韓国に敵意を抱かせます。日本はどの国とも良好な貿易関係や政治上の関係を持ち続けるべきでしょう。しかしその問いは同時に、中国が国内的にどのような進化をみせるか、という点にかかっている、といってもよいと思います。
−日本の核武装を主張する人もいます。
ナイ たとえ核武装しても、日本の安金が増すとは思いません。もし日本か核武装したら、近隣諸国の不安が増すだけです。そうなるとさらに多くの国が日本に対して武装を行なう。その地域の軍拡競争につながる、ということです。つまり、日本が核武装ずることで日本の安全が増すのではなく、逆に滅少する、ということです。
−ではなぜ、核武装すべきという主張が絶えないのでしょうか。
ナイ 威信を重視する人もいるし、万が一、米国がアジアから撤退したとき、防衛のために必要であると考える人もいるからでしょう。先にも述べたとおり、米国がアジアから撒退ずる可能性はほとんどありませんが、実際にそのようなことが起こったならば、日本が核武装することに対し、違った角度から賛成論が述べちれるようになると思います。
−いまルース駐日大使がオバマ大統領にアドバイスを行なうとしたら、どのようなものであるべきでしょう。
ナイ ルース駐日大使は非常によい仕事をしていると思います。私もよく大使と話しますが、彼は状況をよく把握している。オバマ訪日の際、日米安俣条約五十周年を再確認ずる声明を出すこと。これが真っ先にルース大使がオバマに行なうべきアドバイスでしょうね。
−ルース大使とは頻繁に連絡をとられている?
ナイ そうですね。われわれはさまざまなことを話し合います。
−あなたも一時期、日本大使に就任すると噂されていました。
ナィ 打診を受けたことは確かですが、ほかの人にも打診を行なっているわけで、大統領が決断をするまではそれは噂にすぎません。
−あなたがいま日本大使なら、今後、日米同盟はどのような方向をめざしていくべきだと大統領に進言しますか。
ナイ 1996年に、橋本首相とクリントン大統領が日米安保条約の再確認を行ないました。繰り返しますが、それをさらに更新(renew)して再確認すべきです。弾道ミサイル防衛という軍事面だけではなく、エネルギー効率や気候変化に対処するよりよい方法などの民間面でも、日米間で協力を行なうべきでしょう。
−あらためて、いまの日本に対するアドバイスを。
ナイ 日本のような民主国家において権力の座が交代するのは健全なことです。あまりに長く自民党か権力の座にいたので、民主党に統治の経験か欠如していることは確かでしょうね。
統治の現実に適応するまで時間を与えることが必要で、国民はもう少し忍耐強くあるべきです。政治的な競争環境が整ってきたのは望ましいことですが、むしろ私は日本経済について、強く懸念しています。
−世界第三位の経済国に転落したいま、日本はますます世界から注目されなくなっているように感じます。
ナイ それは中国の台頭があるからでしょう。ただ90年代は日本語を勉強している人がたくさんいましたが、いまでは中国語を勉強している人が多い。もちろんだからといって、日本を無視するのは間違いです。日本にはまだまだ大きなポデンシャルがあるわけですから。
−米国に留学する日本人も減っていますね。
ナイ 日本人が内向き志向になっていることを懸念します。米国が日本を拒否しているのではなく、日本が他の国々と関わらなくなっているのは、非常に不健金です。日本が世界と関わる度合いを減らせば、いまほど重要な国である思われなくなるのも当然でしょう。内向き志向が強くならないことを望みますし、そのような志向は間違っているといわざるを得ません。
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