ポール・クルーグマン/Paul R. Krugman
ノーベル経済学賞受賞者インタビュー
グリーンスパンと大喧嘩した
ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)
この危機から先に脱出できるのは日本か、アメリカか?

(月刊文藝春秋 2009年4月号)



- 就任早々、100年に一度の経済危機に直面したオバマ大統領は就任後初の記者会見で、日本の「失われた10年」について触れ、「大胆かつ迅速な行動」を取らなげれぱ日本と同じ道を歩むことになる、と語りました。

クルーグマン 日本型と同じような経験になる可能性が非常に強いからそう言ったのでしょうが、正確にはどうなるかわかりません。興味深いのは、利下げを行い、はとんどゼロに近い金利にしていても危機は深まる一方であるということです。ほとんドの人が認識しているよりももっと迅速に積極的に財政政策を実行すべきなのです。

ですから、オバマの認識は正しいですが、今アメリカの政策をみると90年代の日本のそれに類似してきています。つまり、財政出動はするが、十分な拡大になっていない、金融政策を実行するが、すぐに限界にぷつかる。銀行をサポートするが、日本のときと同じようにゾンビのような銀行問題を抱え、足を引きずるようになる可能性が強い。しかし、今のところオパマ政権は何が問題かよく理解しており、対処の仕方は賢明だと思います。

- 教授から見た日本の「失われた十年」の教訓とは。

クルーグマン すぺてがうまく行っていみように見えても、大きなパブルが生じ、それに続いて金融問題が起こると、身動きができなくなり、それが非常に長く続く可能性があるということです。今のアメリカも、その兆候があります。

もちろんどうやってこの罠から抜け出したらいいのか、という問題がありますが、これについては日本は参考になりません。実際に今日本をみるとそこから抜け出せたかどうかも疑問であるからです。今の状況は、日本経済がいかに脆いかを示しているからです。

日本の経済が2000年以降ある程度復活しているヒしても、それは輪出に頼ったものですから、参考にならない。しかし、日本の経験をみてわかるのは、財政政策は一時的には効き目があるということです。政府が公共事業支出を増加させているときの、年毎の数字をみると、経済が拡大していることがわかります。財政縮小すると経済も縮小しています。増税すると経済が縮小していることもわかります。つまり日本の経験は、財政政策は有効であるが、不況を避けるために十分な公共事業支出をしても、それは必ずしも持続可能な経済回復にならないこと もまた示しているのです。

アメリカの政策立案者の間には、「日本の教訓から、危機の際には、超積極的な金融政策と財政政策で対処すぺし」どいう見方があります。

FRBには実際のモデルをもとにした研究があり、それによると、もっと早く日銀が金利を下げていれぱ、日本がデフレの罠にはまることは避けられたであろう、とのことです。デフレどころか、力強い回復も可能だったでしょう。ある意味で、我々はその理論を今実践しています。

特に現FRB議長のペン・バーナンキはワシントンに行く前に日本の状況についてかなり研究し、長期国債や民間の社債のような規格外の負債資産を中央銀行が買うことは非常に効果的だと主張しています。実際バーナンキは03年から04年にかけて論文を発表し、アメリカの政策として実行したのです。

FRBはかなり積極的な財政上の対処をしたのですが、その効果は十分ではありませんでした。同時にある程度の量的緩和も初期の段階でやりましたが、インパクトは限られておりました。日本の「失われた十年」は財政出動が一時的に経済を強化することを教えてくれましたが、財政出動の必要がない状態まで経済を立ち直らせる方法については教えてくれません。つまり経済を生命維持装置からはずす方法はわからないのです。


ある不快な電話

- 今回の危機についてはどの程度、どれほどの被害になると予測していましたか。

クルーグマン 私は97年のアジア通貨危機を予測したと各方面から賞賛を浴びましたが、アジア経済に懐疑的であっただけのことです、むしろ今回の危機についてのほうが、私の予測通りでした。案際に起こっていることをよく見ていれぱ、このまま行くと何が起きるかはわかります。住宅バブルがはじけたときに、私はかなり不快な事態が生じると思っていました。しかし、金融システムがここまで脆いものであるという認識はありませんでしたし、大恐硫以来最悪の事態になるとは思っていませんでした。アメリカが景気後退になるとは思っていましたが、まさ かグローバル規模の事態になるとは。私にとっての最大のショックは、今回の危機が小さな発展途上国だけでなく、大きな先進国にまで広がっているということです。本当に不快なショックです。

- リーマン・プラザーズを破綻させた米政府の対応についてどう思いましたか。

クルーグマン リーマンが救済されなかったことは驚きでした。絶対に救済されると思っていたので、「なぜ政府はリーマンを救済したのか」というコラムをすでに用意していたくらいです(笑)。破綻させることがわかったとき、「政府はロシアン・ルーレットを試みた。そして、銃の中には確実に弾丸が入っていた」と書きました。リーマンが破綻して二日後にはすぺてが最悪の状況に陥ったことが明らかになりました。大恐慌の歴史を研究している人々にとって、今回の危機がフルスケールに発展したあのときは、歴史的な瞬間だったと言えるでしょう。それからさらに数日後には、まさにこれが「悪夢のシナリオ」であることがはっきりしました。

ひとたぴ事が始まると、それからは、起きていることに驚きはありませんでした。負の連鎖はもう明らかで、下降スバイラルはモデル通りに展開しています。

- これほどの被害を招いたのは何が原因ですか。誰が悪いのですか。

クルーグマン これは一人の人間が起こした危機ではありませんが、その犯人リストのトップにいるのは前FRB議長、アラン・グリーンスパンです。というのも、彼は他の誰よりもこの危機を避けることができる能力を持っていたからです。しかし案際、彼がやったことはその逆で、この危機へ突入するのに加担した。グリーンスパンは金融規制を強化することを積極的に妨げていた。それどころか金融派生商品を世界中に広めようとした。そして、住宅バブルがあることを、進んで否定しました。彼こそが犯人リストのトッブに挙げられるでしょう。

もしグリーンスパンが住宅ブームが起こり始めた03年の段階で立ち上がって、「私は心配している。規制の長所について考える必要がある、リスク過剰の問題について考慮する必要がある」と言っていれぱ、多くのことは今と違っていたかもしれません。それでも危機は起きたかもしれませんが、ここまでひどいものにはなっていなかったでしょう。

グリーンスパンの他にも、市場の効率化ぱかりを説きすすめたすべての経済学者、規制をはぎとろうと必死になったすぺての政治家が犯人です。共和党の上院議員フィル・グラムはグリーンスパンに次ぐ悪役でしょう。彼は大恐慌時代の教訓から生まれた金融規制、「グラス・スティーガル法」で定められた銀行業と証券業の分離規定の緩和に中心的な役割を果たしました。市場の金融商品規制も行なわないようにしたのです。

- グリーンスパンは目隠しして先を見なかったのでしょうか。

クルーグマン 彼は小説家のエイン・ランドを信奉していました。自由放任主義の資本主義を信奉していることで有名で、政府は常に事を悪化させるという思想の作家です。ランドの影響でグリーンスパンは金融上のイノペーションをどんどん進めて行った。結局それが根本的に間違った世界観であったわけですが。

- グリーンスパンヒ直撲話したことはあるのですか。

クルーグマン 最近はありません。2001年のことでした。彼から不快な電話がありました。私が彼について書いた文章についての抗議の電話、それが最後の会話です。

- どうしてグリーンスパンは怒ったのですか。

クルーグマン 私は彼がブッシュ大統領の減税政策を支持していたので激しく批判しました。彼の主張が間違っていただけではなく、議論が不誠実であると思ったからです。私はそのことを痛烈に批判しました。そのことで本人から直接電話があり、クレームを受けました。非常に不快な電話で、それ以来口を利いていません。

- 今彼に電話をして、やはりあなたは間違っていた、と伝えたらとうですか。

クルーグマン そうですね。でも非常におかしいのは、グリーンスパンをあまりに痛烈に批判したために、私はFRBのイペントに出席できなくなってしまった。FRBのブラックリストに入ってしまったのです(笑)。


自動車産業は延命させるぺき

- グリーンスパンの失策に端を発する金融危機は、ついにビッグ3など、アメリカの実体経済に影響を及ぼし始め、アメリカを恐慌に陥れています。

クルーグマン 自動車産業についてここまでの惨状になろうとは、予測していませんでした。政府はここしぱらくは自動車産業を生かしておくぺきだと思います。景気が下降しているときに、大きな産業が破綻するのは見たくありません。最後には消えるとしても、今は潰す時ではない。政府による生命縫持装置をつけて、ここ2~3年は延命させておくのがいいと思います。V字回復のような奇跡が起きると錯覚してはいけません。

- アメリカにポスト自動車産業が生まれる可能性はあるのでしょうか。

クルーグマン 自動車産業が経済の主要な部分である時代はとっくに過ぎましたが、いろいろな数字をみると、ヘルスケア、医療福祉産業が自動車の次を担う産業に当ると思います。ヘルスケアの経済規摸は巨大です。

-インフラと公共事業への財政出動は、効果があるのでしょうか?

クルーグマン 直接多くの人が雇用され、そしてそれが長期にわたって効果を発揮します。アメリカはインフラ整備への支出を必要としています。ただ、問題はタイミングです。現政権の高官と直擦話をしましたが、彼らが言うには、お金を使うのは思ったよりもはるかに難しいということです。

最近の有名なプロジェクトでボストンの「ビッグディック」という計画がありますが、これは15年もかかる事業です。景気の刺激になることがわかっていても、満足のいく速度でプロジェクトを進めることはとても難しい。これはいかんともしがたい。今は公共事業を増やすしかない。インフラ整備への財政出動は銀行にとってもいいことだし、景気を刺激するのにもっとも効果的な方法です。個人的にはハドソン川の下を通る鉄道用のトンネルがもう一つほしいと思っています。ニューヨークヘの通勤電車はあまりにも混んでいるからです(笑)。


格差社会の元凶は?

- 規制緩和、新自由主義思想の副作用が格差社会を到来させたのではないでしょうか。

クルーグマン 70年代は航空業界や銀行なとも含めて、規制があまりにも多すぎた。規制緩和によって航空業界もトラック運送業界もよくなりました。ただ「市場は常に正しい」という信奉が一種の宗教のようになり、それが格差の元凶になったこどは確かです。30年前と比ぺて中間層が裕福になったかどうかというと、そうなってはいない。ほんの一部の人が極端に裕福になり、ほとんどの人は恩恵を受けていない。人々の生活をみても、新自由主義の恩恵を見つけるのは難しい。格差をここまで異常に拡大させた元凶は新自由主義です。第二次世界大戦後の25年の方が、その次の25年よりも経済は安定していたのです。

- しかし、新自由主義経済を標榜していたレーガン政権下で、教授は経済諮問委員会の上級エコノミストを務めていましたね。

クルーグマン 私は当時国際部にいて、ラテン・アメリカの債務危機の問題に追われており、アメリカの国内政策の中心部にはいませんでした。それでも今振り返って思うのは、それだけ最高のレベルの会議にいながら、どうして議論はあれだけロー・レペルであったのかということ(笑)。閣僚レベルの会議に出席すると、そのハイレベルな人たちの発言がいかに無知からきているものか、ぱかげた発言ばかりであったことを思い出しますね。政権によると思いますが、クリントン政権にいれぱ、もっとましだったかもしれません。もし今去ったばかりのプッシュ政櫨にいたら、レーガン政権時よりももっとひどい会議になっていたと思います。


私が財務長官になったら

- 著書『The conscience of a Liberal』(『格差はつくられた』)では格差解消の方法は「ニューディール的政策」にあると論じていますね。

クルーグマ オバマは選挙で勝利を収めたけれども、政治力から言ってまだまだニューディール政策のような抜本的なことはできません。薦めるわけではありませんが、世界大戦でもしないかぎり(笑)、ニューディール政策ほどドラマティックなことはできないと思います。

公共事業策は労働組合の数を増加させるでしょう。これは所得に直接影響し、間接的には新しい政治的バランスを築くのに役立ちます。そうした意味で、オバマの政策で期待されるのが、組合が作りやすくなる法案です。実現すれぱかなり労働環境が好転するでしょう。

- オパマ政権の経済閣僚についてはどう評価されますか。

クルーグマン 国家経済会議委員長のサマーズ、財務長官のガイトナーはよく知っているので、客観的に諭評できないかもしれません。二人とも頭脳明断です。ですが、二人とも慎重だから、思い切ったことができない。もっと大鉈をふるえる人を入れた方がよかった。ジョセフ・スティグリッツはどこに行ったのでしょうか。オバマと近いルービン元財務長官はウォールストリート人脈と近いので、規制当局としての義務とウォール街への近さとの矛盾に悩む可能性があります。ガイトナーとサマーズは、「政府高官は銀行を管理するのが下手であると信じている」と 語っていましたが、もしそうならぱ監視すぺきなのにできない、しないという腐敗につながります。

ガイトナーが最近発表したバンク・プランは本当に失望するものでした。問題の核となるものをつかんでいない。今、ガイトナーにもサマーズにも、そして恐らくオバマにも「さあ、問題に取り組もう。失敗している銀行があれぱ、差し押さえなけれぱならない」というような意気込みが感じられません。

- というこヒはオバマが彼らを任命したのは間違っていたということですか。

クルーグマン 他の人も入れるぺきだったと思います。今オパマ政権の下で経済回復諮問委員会の議長をしているポール・ボルカーに大きな役割を果たしてほしいと思っています。ニュージャージー州のコージン知事も財務高官に抜擢される可能性があります。

- もし教授が任命されたら、進んで引き受けていましたか。

クルーグマン それはかなり難しかったでしょうね。誰の目にも、それは悪い考えだと映るはずです(笑)。私は恐らく悪しき財務長官になりますよ。管理者になれる人間ではありませんし、外交の面でもだめです。財務長官は相当の外交能力が必要とされるし、人間関係にも長けていなければならない。私は頼まれると拒否できない人間ですから、任命されなくてよかったと思います。アウトサイダーとして役に立ちたいと思っています。

- 景気対策法案では「バイ・アメリカン条項」が問題視されています。保護主義についてどう思っていますか。

クルーグマン オバマはこの条項を入れたくありませんでした。議会に無理やり入れさせられたのです。しかもそれは氏主党です。私の考えでは、WT0違反ぎりぎりのとにろだと思います。確かに保護主義の感情が入っていますが、多<の人が「政府が投じるすべてのお金は中国製品の購入に使われるだろう」と言っている。かなり誇張した言い方ですが、これだけ納税者のお金を便って、結局他国の雇用創出にしかつながらないのであれば、それは政治的に問題になる。アンフェアです。大きな政府と自由貿易信奉はうまくかみ合いません。もちろんオバマ自身は、保護主義に走ると国際政治を破壊することをよく理解していますけれども。


ナカガワの恥

- 日本の実体経済も大きな被害を受けています。

クルーグマン 昨日日本からの経済報告をみましたが、日本はまったく惨憺たる状況ですね。GDPがマイナス13パーセント。なぜここまで日本がぴどい状態になったのか予想外のことです。他国の金融槻関が受けたダメージは甚大だと思いますが、どうみても日本には当てはまらない。

考えられる原因の一つは、世界経済の収縮と日本の輪出依存型経済です。もう一つは、豊富な貯蓄がありながありながら、投資の機会が少ない日本が、世界中に多くの資金を提供していることです。リスクがこれ以上増えることを怖がり、世界の資本市場は今凍りついています。そのため円が急激に高くなり、日本の製品は世界市場から追い出されています。つまり日本は、世界経済の縮小と円高というダプルパンチを食らっているのです。危機の最大の源はアメリカの住宅バブルがはじけたことにあったとしても、日本のスランプのほうがアメリカよりもひどくなっている。

日本はとりあえず、円の切り下げが必要です。そしてこれは非常に難しいことですが、内需を拡大する必要があるでしょう。

- そんな危機的状況の中、先月ローマで開かれたG7で日本の中川財務・金融大臣は、ろれつが回らない記者会見をし、帰国後辞任しました。

クルーグマン (笑いながら)誰にでも問題はありますが、中川氏の行動は日本に恥をかかせたぱかりではなく、経済にかかわる我々すぺてを恥にさらしたかのようですね。あれはまずかった。私は中央銀行の総裁が朝9時からお酒を飲んで、酔っていた会議にも出たことがありますが、行動はしっかりしておりましたよ。中川氏の行動は異常です。あの光景をみて、父プッシュが日本で首相に向かって嘔吐した光景を恩い出しました。たとえお酒は飲んでいても、普通は行動はしっかりさせるものです。

- 日本はさんざん財政出動をしてきましたが、効果はさしてありませんでした。

クルーグマン 日本は96年が財政出動のビークだと思います。そのとき日本経済は3パーセン
トの成長を見ました。財政出動が経済を刺激するのは確かです。効果がなかったと言われる
のは、巨額のお金を使ったのに、経済が持続的回復をしないからです。しかしもし日本が財政
出動をしていなかったら、大恐慌レペルのスランプになっていたかもしれません。

- 一方の金融政策ですが、日銀は今なお0.1パーセントの政策金利。ゼロにすぺきとお考えではありませんか。

クルーグマン 日銀がゼロ金利にしても、事態はあまり変わりません。それほと大きな問題ではありません。ゼロにするとさらに身動きができなくなる。マイナス金利が可能なら効果はあるかもしれませんが、それはできない。

- 日本では景気浮揚策として、全国民に一律1万2干円から2万円の現金を給付する政策を実行します。効果はあるのでしょうか。

クルーグマン それはまさに、「うまく行かない税制政策」と同じであるように聞こえますね。その中の少しを使っても残りを貯金すれぱ、効き目がありません。昨年の初め、アメリカでも同じようなこと、具体的には税金の払い戻しをしましたが、使われたのは恐ら<その三分の一程度。第2四半期で少し成長があったかもしれませんが、経済に大きなインパクトはありませんでした


- 25兆円規模の政府紙幣発行や無利予国債のアイディアが日本で議論されています。

クルーグマン 効果があるとしても、どのように効果が出てくるかは分かりませんね。

- 現在日本は失業率が4.4パーセントになり、雇用が大きな問題になっています。アメリカも失業箪が7.6パーセントと拡大の一途ですが、雇用における最良のセーフティネット策は何でしょうか。

クルーグマン どんなレポートにも、日本のセーフティネットは貧弱であると書かれていますね。国民の窮状を減らし、スランプの深さに歯止めをかけるには、セーフティネットは間違いなく必要です。

こういう危機においては、失業保険がカパーする範囲を広げてやることです。解雇された労働者の悲惨さを軽減するにはそれがペストです。ヨーロッパのようにこれを永久的にする必要はありませんが、一時的な危機の場合は、それで軽減されます。ヨーロッパ諸国の中には失業しても収入の80パーセントをもらえる国もありますが、それは高すぎると思います。逆にアメリカの失業保険給付率は低すぎる。失業手当給付金がもらえる期間も短すぎる。

アメリカがヨーロッパの国と比ぺてセーフティネットが弱いのは、究極的には人種間題です。アメリカでは社会的セーフティネットは、人種のちがう人を助けることだと認識されています。

- 日本の場含、終身雇用に長い間慣れすぎて、セーフティネットをどうやって作ったらいいのかわからないのかもしれません。

クルーグマン それは非常に興昧深いですね。アメリカには、福祉は個人にまかせるという伝統があります。大企業は太っ腹な退職手当、健康保険を出します。政府に祉会的セーフティネットを要求する圧力はそれほど強くありませんでした。とは言うものの先ほども言いましたが、最後の問題は人種による格差問題です。


「良き道徳」が世界恐慌を防ぐ

- 世界経済の今後の見通しをか聞かせください。

クルーグマン この金融危機のひどさはもはやアメリカのサブプライム危機の段階を超えています。経済の回復の原動力が何であるのかわからない。インターネットパブルのような大きな投資ブームが来れば、回復が見えてきますが、アメリカがグローバル経済のエンジンになれるかとうかは不明です。

中国は輪出型経済ですが、これも明らかに問題を抱えている。アジアの輸出の基盤がどうなっているか十分に研究していませんが、日本が部品を中国に送り、そこで組み立てられてアメリカに輸出される仕組みを見ていると、この危機で中国がどのようになるのか見当がつきません。

- この先はもうアメリカ主導の経済はありえないのでしょうか。

クルーグマン アメリカ主導ではありません。回復がどこから始まるかにもよりますが、もし中国の内需から回復すれぱ中国主導になり、あるいは日本の出番の可能性もあります。

- いつこの世界不況を脱するのでしょうか。

クルーグマン 私は今、第二次大戦前のビジネスサイクルを研究していますが、鉄道に投資するなど、新しいテクノロジーの出現によって経済の落ち込みは終わります。新技術への投資が長く続くと人口も増加し、さらに新しい投資も増え、やがて経済全体が復活します。大恐慌や日本の「矢われた10年」について、同じことが言えます。産業革命とまではいかなくても、小さな変化の積み重ね、イノペーションが新しい投資先を生みます。

最終的には自動車業界も復活するはずです。今から5年も経てぱ、今の自動車が持っていない特徴を持つ車が出てくるでしょう。イノペーションが経済回復の原動力になります。

今年か来年の終わりには景気は底を打つでしょう。そこから本格的な回復まで4、5年はかかります。最悪の場合、世界金体が「失われた10年」を経験するかもしれませんが。

- それは大変深刻な未来ですね。

クルーグマン そんなことはありません。常に前向きであれぱ進む道はあるのです。危機は必ずや解決します。10年後の世界は確実に豊かになっていることでしょう。

今は1930年代ではありません。75年前よりはるかに経済学は進んでいるし、政治的にみても世界は安定しています。大恐慌は第二次世界大戦につながりましたが、今日の世界で、30年代のヨーロッパのようなファシズムの動きに相当するものはどこにあるのでしょう。我々は進歩し、新しいテクノロジーもどんどん出てきます。

次の2、3年ば悲観的かもしれませんが、それ以降は楽観的になれるでしよう。

- ニューヨータイムズのコラムで「良き道徳は良き経済学である」と述ぺていました。あらためて、今経済に求められているものとは何なのでしょうか。

クルーグマン 裕福な人に優遇税制措置をしても経済効果はありません。今やるぺきことは、最も弱い人を政府が助けること。失業手当を強化して、個人的な危機を乗り越えさせることです。それが経済の「良き道徳」なのです。

ですから日本の首相とアメリカ大統領には道徳的にどんどんお金を使ってほしいですね。今重要なことは経済を支える。しっかりした政策を立てることです。そこからイノベーションも生まれ、回復の明かりが見えてくるはずです。危機の立て直しは我々がいかに「良き道徳」をもてるかにかかっているのです。



 
 
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