ポール・クルーグマン/Paul R. Krugman
総力特集 鳩山政権につけるクスリ
瀬戸際の鳩山政権、知日派からの警告
経済政策では素人ぶりをさらけ出し、普天間基地移設では現行案に逆戻り・・・・。
この体たらくを海外の目はどう捉えたか。
理念なき政治を"日本通"が一刀両断する!
「インフレ目標4.0%」のすすめ
ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)

(月刊VOICE 2010年7月号)

内閣府が5月20日に発表した1-3月期のGDP速報値によれば、2010年度の実質GDPは前年度比2.2%増になる見通しだが、国民の生活は一向に楽になりそうにない。日本経済だけが光がみえないのか
、世界中が似たような状況なのか。はたして日本はいま何をすべきか。
2008年にノーペル経済学賞を受賞し、日本経済についても数多<の提言を行なってきたプリンストン大学のポール・クルーグマン氏を直撃した。



日本がまだ生き延びている不思誰


- 鳩山政権は過去最高の92兆円にのぼる予算を成立させました。いまだ不安定な国際経済下、ある程度の財政出動は仕方ないのかもしれませんが、一方で各国のソブリン・リスクが懸念を集めています
。目下、ギリシアの財政状況が問題視されていますか、ギリシアには何が起こったのでしょうか。

クルーグマン まず、ギリシアの長い歴史のなかで、貿易赤字か常態化していることを認識しなければなりません。今回このような状態になっても、とくに驚くには値しないでしょう。

おそらくギリシアはユーロゾーンに入ったことで、もはやわれわれは安全地帯にいる、と高を括ったのではないでしょうか。事実、東欧バブルの際には多額のお金が流入しました。しかし昔から予算をコントロ
ールすることに問題があるという構造は変わらなかったので、ますます借金が膨れ上がった。その後、世界経済かリセッションになり、借金もさらに増えてしまった、というわけです。

しかしそこで彼らは、もう自国の通貨ドラクマをもっていないので、通貨の切り下げをすることもできない。つまり今回のケースは2001年のアルゼンチン危機に類似している、といえるでしょう。アルゼンチン危
機のときもペソが過大評価され、為替レートは固定されていました。借金のレベルでいえば、ギリシアのほうがアルゼンチンよりもはるかにひどい。過去の政治的対立によって生まれた傷も深く、団結した行
動をとるのが難しい状況です。

つまるところ、今回のような状態が生じたことはとくに深いミステリーではありません。むしろ昨年10月までまだ債券市場が、「ギリシア国債は安全」と考えていたことのほうが、私にいわせればミステリーです。

- ギリシアと同じような状態が、ヨーロッパ諸国にも波及する、と思いますか。

クルーグマン アイルランドが同じような状態に陥っていますが、かなり荒療治的な緊縮財政策を実行しています。ポルトガルも綱かい部分は異なりますが、同じような状況になる可能性はあるでしょう。イタリ
アもまた、借金か多い国です。つまり、ソブリン・リスクが広がりつつあることは事実ですが、尺度でいえば、ギリシアがいわば最悪のレベルである、といってよいと思います。

- ソブリン・リスクは東欧にとどまりません。アメリカや日本にしてももちろん、対岸の火事ではない。アメリカは財政赤字削減に向けた工程表を作成しようとしていますか、日本はその問題についてまだ、真
剣であるようにはみえません。

クルーグマン いまから長期的、たとえば、20年が経過したときに、日本はとても財政的に持ちこたえられるような財政状態ではありまぜん。日本がデフォルトするのではないか、と市場が心配している兆候
はまだほとんどありませんが、これだけの借金を抱えて今後どうするのか、少しは心配になってもおかしくないと思います。つまり人びとは、日本には安定した政府があり、裕福な先進経済が存在していて、
多くの借金を抱えることができる、と認識しているわけですが、それは無制限ではない。現状を考えてみたときですら、日本という国がまだ生き延びていることは、驚くべきことです。

現在は世界全体が金融緩和によって、投機的動機に基づく貨幣需要が無限大となり、通常の金融政策が効力を失う「流動性の罠」に陥っている状態なので、財政上の緊縮政策を実行するのに適切なタイ
ミングではありませんが、それでも44兆円という新規国債発行額は大問題だと思います。さらにいえば、日本の問題は、このような状態が20年も続いているということです。アメリカのほうが解決は簡単でしょう
。すなわちいまは財政赤字が大きいが、回復してからあとで緊縮財政をやればいいからです。しかし日本の場合はまず、そもそもいつ経済が回復するのかが問われなければならない。もう20年以上、トンネ
ルのなかで回復を待っている状態ですから。

- トンネルの向こうに光はみえているのでしょうか。

クルーグマン ほとんど状況が変わっていないわけですから、光がみえるはずもない。日本は2003年から07年にかけて経済成長を実現しましたが、それは外需主導型でした。現在、当時と同じ成長をどうや
って達成するのか、予想するのは難しい。回復の望みは日本以外の部分に懸かっている、といってよいでしょう。つまり、再び外需主導の成長ができるか、ということですが、いまのところはその過程がどう生
じるのか、まだみえない状態です。

- 鳩山政権は「企業」を悪者扱いし、そこから収益を「配分」することで弱者を救済する政策をとろうとしているようにみえます。はたしてそのような政策は経済運営上、正しいのでしょうか。そもそも経済にと
って、「企業」はどのような意味を持つのでしょう。鳩山政権のスタンスは、実体経済に対していかなる影響を及ぼすとお考えですか。

クルーグマン 第一に、企業寄りの政府というものがかなり、過大評価されていると思います。アメリカをみればそれかわかるでしょう。この一年間、ビジネス系のコメンテーターは「オバマは社会主義者だ。ピ
ジネスが嫌いだ」と叫びましたが、そのあいだにアメリカ株は60%も上がりました。同様に鳩山政権か社会主義的な政策をとったとしても、市易はGDPが上がっているかどうかを気にするので、その政策自体
は経済にあまり大きな影響を与えない、ということです。リーマン・ショック後、自由主義市揚が崩壊したといってもそれが事実ではなかったように、鳩山政権のスタンスが実体経済に影響を与える、ということ
はそう大きくないのではないでしょうか。


日銀は本物のデフレファイターか?

- 管財務大臣は物価上昇率は1%が望ましい、という画期的な目標を打ち出しました。長年にわたって日本経済を苦しめてきたデフレからの脱却、という点では、鳩山政権の姿勢をどのようにご覧になっ
ていますか。

クルーグマン これまで日本が物価上昇率の具体的な数字を目標にすることはありませんでした。しかし、1%という低い目標ではなく、3~4%1ととってほしかった。アメリカも2%ではなく4%を目標にしてい
れば、生活はもっと楽になっていただろう、といわれています。ましてや日本は長期的な需要不足という問題に直面しているのですから、ますますこのような目標が必要でしょう。ユーロのインフレ目標は最高
が2%で、アメリカも正式な目標が2%なのですから、少なくとも日本は2%を目標にすべきです。さちにいえば、もっと高くてもよいはずです。

もし今後、経済が回復の時期に差し掛かるのであれば、その時期を有効に活かして物価上昇率を上げることか必要になってくるでしょう。これは2003年から07年のあいだ、日本かやろうと思えばできたことで
す。しかし、日本はそのような選択をしませんでした。

- 政府のプレッシャーを受け、日銀もようやく「デフレ」と戦う、「われわれはデフレファイターだ」という発言をするようになりました。その姿勢は本物であるとお考えですか?日銀の本気度カどうやって、判断
すればよいのでししょう。

クルークマン もし私がその判断を行うならまず、ほんとうに積極的な、慣例に従わない政策をとる兆候があるかどうかをみます。つまり、どれほど荒療治をやっているか、ということです。私がみるところ、いま
の日銀はある程度、そのような意識をもっているようにもみえます。さらには1990年代には他国に比べ、日本だけがユニークな位置にありましたが、いまはどの国も同じような状況にあるわけですから、他国と
の政策比較を行なうことも有効でしょう。

そもそもFRB(米連邦準備制度理事会)自体、まだ十分にやれることがあると思います。バランスシートをみると、あと2兆~3兆ドルは拡大余地がある。アメリカの失業率はまだ高いし、デフレの恐れも回避さ
れていません。日本についても同じ状況がいえると思います。とにかく日銀は、デフレを脱して日本経済を成長軌道に導く、ということを最終目標にすべきです。

- しかし、そもそも中国をはじめとする世界経済がインフレ懸念にとらわれるなか、どうして日本だけが極度のデフレにあえいでいるのでしょうか。デフレを脱却しようとするならば、日銀と政府はどのような協
調をとればよいとお考えですか。

クルークマン やれることはすべてやるべきでしょう。すなわち赤字国債による財政支出、政策金利をゼロに据え置くこと、非伝統的な資産(たとえばCP〔コマーシャル・ペーパー〕やモーゲージ証券など)を
購入することによる量的緩和、中央銀行のバランスシートの拡大、消費を促すためのインフレ目標の公表などが合まれると思います。あなたがいうとおり、いまの日本は完全にデフレ・スパイラルに陥りそうな
状況です。繰り返しますが、やれることはすべてやるべきです。


中国にもっと圧力をかけよ

- 世界経済の流れに目を転じれば、ソブリン・リスクなどの問題はありますが、基本的には右肩上がりで復調しているようにも感じます。ギリシア問題なども踏まえたうえで適切な出口戦略をとるために、世
界は、そして日本は何をすべきでしょうか。

クルーグマン 世界経済は全体的にみるとやや右上がりになっていますが、ポテンシャルよりもいささか成長が速いように思います。しかしそれでも、世界が完全雇用という状態に戻るには何年もかかるペー
スでしょう。現状はかなり脆い状況で、産業革命のようなことかほんとうに起こらないかぎり、2012~13年もまだ世界経済は完全に回復しないように思います。

私が試算するに、アメリカはあと5千億ドルの財政出動が必要です。日本も同じでもっと財政出動をしなければなりません。そして経済が回復したら、緊縮財政策を行なえばよい。あと5年すれば、消費増税
を採り入れてもよいでしょう。しかし現段階ではどれも実行されないような、いやな予感がします。

- もう少しミクロ的な観点に目をやれば、日本かこれまで得意としてきた「輸出」そのものか岐路に立っているようにも思えます。日本のお家芸であったはずの家電製品で快進撃をみせているのはサムスン
など韓国企業ですが、なぜ日本のモノづくりは「マージナル(周縁)」に.なってしまったのでしょうか。

クルークマン そのような事態はどの先進国においても経験するものです。20年前のアメリカの自動車産業と日本の自動車産業を比較してみてもわかるでしょう。目下、いまのアメリカの自動車産業に、かつ
てのような輝きはありません。産業のシフトが起きているのです。つまりはそこで、これから日本かどのような道のりで経済回復をしたいのか、どのような産業で強くなりたいのか。それを自らで考えるべきステ
ージに立っている、ということです。

日本はイノベーションがある国ですが、問題は、賃金が安い国がほかにあるごとです。そして生産性という観点からみれば、特定の産業においていくつかの国は日本に追いついているわけで、そういう国に
もちろん日本は負ける。日本での製造における人件費はアメリカとほぼ同じですが、韓国はその60%程度。勝負にならないのは明らかでしょう。

- 次なる「輸出」の受け皿として、いま「インフラ輸出」に注目が集まっています。実際にベトナムで新幹線方式が採用されるなど動きは好調ですが、新興国の経済発展を踏まえて、このあたりの動きをどの
ようにご覧になっていますか。

クルーグマン それはもちろんよいことでしょう。少なくともアメリカの東海岸に新幹線を導入すること、大きな経済効果を生むように思います。ペトナムも飛行機で移動したことがありますか、ホーチミンからハ
ノイまでは新幹線で行ったほうがはるかによい。つまり日本だけではなく、それらを建設することでローカル経済をまた豊かにすることができるからです。

- そのような「輸出」.の前提ともいえる為替水準ですが、一ドル90円台と、ある意味では不目然に高い水準に留まっているように思えます。人民元の切り上げが円高を招くという見立てもありますか、為替
の大きな流れについては、どのようなお考えですか。

クルークマン 昔は円のことをよく思ったものですが、最近は人民元のことを考えるようになりました。いま中国は途方もない政策を実行しています。自らの通貨の価値を低くして、莫大な額の準備金を蓄え
ているわけです。正常時においても、その政策は他国にとって望ましいものではありません。

中国がいま行っているのは、他国が必要としている需要を吸い取っている、ともいえる政策です。保護主義政策をとらない国はアメリカに賛同し、中国に圧力をかげなければならない。高失業率でほとんど
政策ツールをもたないアメリカが、中国に圧力をかけるのも無理はない、といえるでしょう。

円に関しては、どの方向に行くかわからない、というのが正直なところです。ある程度、中国製品は日本製品と競合しているので、それが日本の輸出を強化し、輸出か強くなれば円の価値も上昇傾拘になり
ます。一方で、中国製品には日本製の部品が多く使われていますから、人民元の上昇が中国の輸出を減らせば、中国に対する日本の輸出も減る。この一例をみても、円がどちらの方向に行くかはまったく
わからない、といえるのではないでしょうか。


 
 
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