ポール・クルーグマン/Paul R. Krugman
崩れゆく世界、独り勝ちの日本
世界中の銀行が凍結する日
「課題先進国」日本がいま、発信すべきメッセージとは何か?
ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)

(月刊VOICE 2012年2月号)



緊縮政策は事態を悪化させるだけ


- 昨年、『日本経済新聞』とのインタビューで、「世界経済は五〇%の確率でリセッションに陥る」と発言されました。

クルーグマン いつのインタビューか覚えていませんが(笑)、アメリカは私が思ったよりも、持ちこたえているようです。一方、ヨーロッパのリセッションは完全にLocked in(嵌った状態)されている。アメリカや日本にしても、いまの状態から抜け出せるかは疑問です。全体的にみると、いまの状況はかつてに比べて、悪化しているようにみえます。

- ドイツのメルケル首相が「欧州安定メカニズム(ESM)について上限引き上げの考えはない」と発言しました。ユーロ危機はさらに際どい状況に入るのか、あるいはユーロ安を志向する「あえて」の発言とみるべきですか。

クルークマン それはほとんど重要ではありません。たとえ上限を引き上げても、ECB(欧州中央銀行)がたくさんの国債を買おうとしないかぎり、機能しないからです。問題は、ECBが何をするか。ESMを一つのメカニズムとして使う、つまりESMを通してECBの資金を調達することができたかもしれません。重要なのはメカニズムの詳細ではなく、ECBそのものです。メルケル首相ではなく、ECB総裁を務めるマリオ・ドラギのほうが大事、ということです。

- ヨーロッパについては昨年九月の『ニューヨークタイムズ』で、「ヨーロッパの状況はかなり恐ろしいことになっている。ユーロ経済圏の三分の一にあたる国が、投機的な攻撃を受けていて、この単一国家の存立が揺らいでいる。ユーロの崩壊は、世界中に広く損害を及ぼしかねない」と悲観論を述べられました。

クルークマン ユーロ圏の国で、資本の流れが少しでも少なくなっている国は、デフレを強いられることになります。それを相殺する、経済を拡大する誘因になるものが、いまはまったくありません。この状況を解決するために何が必要か、それについて、ヨーロッパの首脳はあまり思慮深くありません。彼らは緊縮政策がすべてを解決する、と主張しつづけていますが、それは事態を悪化させるだけです。

- 対応策としては、ご指摘のとおり、ECBによる国債の大量買い取りが考えられますが、インフレリスクは生じませんか。

クルークマン たとえもしそのような選択肢がとられても、ヨーロッパはインフレのリスクにありません。逆にユーロ圏で次の五年間のインフレ率が三%以上にならなければ、どうやってこの事態を解決するのか、その先がみえにくい。もし実際に一%しかインフレにならなければ、それはもうカタストロフになります。イタリア、スペインなど周辺の国が最悪の状態になるでしょう。


金融メルトダウンは起きるか

- 世界経済の話をするとき、いまはユーロ危機が強調されますが、アメリカの債務問題、新興国のインフレリスクによる減速懸念、東アジア、中東の地政学的リスクなど、まさに問題は山積です。そのようなリスクのなかで、いま着目しているものは何ですか。

クルークマン 新興国はずっとインフレと戦っていますが、ブレーキをかけすぎたようにみえますね。中国については懸念しはじめています。中国で何が起きているかを理解しようと思っても、入手できるデータに信頼性がなく、正確な評価は難しい。しかし実際のところ、不動産バブルが弾けているのではないか、と思えます。いささか怖いほどです。それはいま、世界が必要としていることではありませんから。

アメリカについては、よいニュースはまったくないですね。しかしアメリカはヨーロッパ諸国と違って一つの統一国家であり、その点ではとても大きなアドバンテージがある。問題は共和党がクレイジーで足を引っ張ってしまっているため、それが大きなマイナスになっている、ということです。

- 具体的に一年後、世界経済はどうなっている、とみていますか。

クルーグマン ヨーロッパはひどい状況になっているでしょう。実際のところ、分裂の可能性がある。アメリカはおそらくいまほど悪くはないでしょうが、もちろんヨーロッパ危機に影響されます。中国はリセッションになっている。そう思うと気が滅入ります。

- アメリカがいまより悪化しない、というのはどうしてでしょう。

クルーグマン 民間企業が息を吹き返してきた兆候が出ています。住宅投資が低い状態が長く続いたので、いまは供給が足りない状態です。二〇一二年はその住宅投資が回復しはじめ、他のセクターを押し上げはじめるでしょう。さらには新しいテクノロジーが生まれ、それが投資につながっていくと思います。

とにかくヨーロッパです。悲観的に考えればギリシャがユーロ圏から脱退させられ、イタリアとスペインの銀行に人が殺到し、ユーロ圏が分裂し、ユーロ債の価値が誰にもわからない状態になるかもしれません。それが起こってしまえば、世界中の銀行が凍結します。一九三一年に起こったようなメルトダウンが起きるのです。つまり最悪のケースは、一九二九年に始まった世界大恐慌の再来です。金融市場は荒れ狂い、運が悪ければ、すべてのブレーキが利かなくなるでしょう。

- かつて「世界経済は宇宙人に救ってもらうしかない」と発言されましたね。その真意は?

クルーグマン もちろんジョークですよ(笑)。しかしポイントのあるジョークです。論点は二つあります。一つはどの国もが貿易黒字になりたい、と思っているようにみえることです。しかし、それは宇宙人がわれわれの商品を買ってくれないかぎり不可能でしょう。もう一つは、宇宙人からのウソの軍事脅威をつくり出せば、政府はその脅威に対応すべく、莫大なお金を使い、それが経済回復に結びつくだろう、ということです。もちろんそれがウソの脅威であるとわかっても問題ありません。

そのときまでに経済が回復しているからです。宇宙人を持ち出したのはジョークですが、地球から六百光年離れたところに、人間が住むのに適した惑星を発見したと思えばよいのです。

- そのアイデアはあなたのオリジナルですか。

クルーグマン そうですよ。

- それでノーベル賞をもう一度、受賞できますね。

クルーグマン 宇宙人とどうやって貿易をするのか、まだ方法は思いついていませんが。(笑)


アメリカの経済学者は日本に謝罪せよ

- そのような先進国に共通してみられるのは、政治家が「決められない」ということです。それをもって世界の「日本化」という向きもありますが。

クルーグマン アメリカが日本スタイルの罠に嵌る可能性がある、という議論を聞くとき、私は「可能性?」と聞き返します。その罠にもう、嵌っているからです。

- それは決断できない指導者に対して、ですか。

クルーグマン その現象をこそ私は「日本化」と呼びます。私がよくいうジョークの一つはこういうものです。アメリカの経済学者のグループは日本に行き、公式に謝罪すべきだ、と。自国がかつての日本より悪化しているからです。いまのアメリカは何が問題かはわかっていても、それを実行する政治力がもはやありません。いったい、リーダーはどこにいるのでしょうか。恐ろしいことです。

- しかし先進国の国家債務が膨張しつづけるなか、安易に財政出動という選択をとるわけにもいきません。

クルークマン 日本は総額、GDP(国内総生産)の二倍に当たる借金があります。それでも一%の金利で資金を借りることができる。先進国の歴史をみれば、現在のレベルよりはるかに多くの借金を抱えたことが、過去には何度もありました。そもそも、債務危機に直面している、という考え方は間違っているのです。もちろんユーロ危機は目前のものとして存在しますが、それはユーロ圏だけの問題です。自らの通貨をもっていて、そこまでの現実的な問題に直面している国はありません。

- ならばそこで、最も望ましい財政政策と金融政策のベストミックスはどのようなものでしょう。

クルーグマン 完全雇用に近いかたちにまで経済を戻せるように、かなりアグレッシブな財政拡張政策をとるべきです。さらには次の五年間に二?三%のインフレ率になるよう、金融緩和を組み合わせなければならない。

そうすることで個人投資に対する真のインセンティブを提供し、ある程度、借金を削ることもできる。うまくいけばそこで、自律的回復を生み出せる可能性があります。

- しかしQE2(量的金融緩和第二弾)のときに起こったように、先進国の金融緩和は新興国のインフレ懸念を導く、という指摘もありますね。

クルーグマン ポイントは、もしアメリカが二%ではなく四%のインフレであれば、同じく日本もマイナス一%ではなく四%のインフレになっていれば、状況はもっとよくなっていただろう、ということです。インフレはいまの時点では、望ましいのです。問題は、そのインフレをどうやって起こすか。最初の段階において、財政拡大をしないできっかけを生みだすのは非常に難しい。インフレ目標はとてもよいことですが、それを現実的に引き起こすにはどうするか、を考えねばなりません。そこでは財政的な筋力が必要になる。

- QE3についてはどうですか。

クルークマン あまり適切だとは思いませんね。

- そのような「決められない」政治家への非難を反映してか、世界各国では「反格差デモ」が起こっています。要因についてはどう、ご覧になっていますか。グローバリゼーションの必然的な帰結でしょうか。

クルーグマン グローバリゼーションが主要な要素ではないと思います。政治の変化、そして社会の変化がもっと重要です。格差問題が大きく生じた国はアメリカ、次いでイギリスです。この二国では市場原理主義が最も進みました。つまり政治的な環境に格差は深く関係している、とみる必要がある。

- いつの間にか世界から、「中流階級」がかなりの割合で消滅してしまいました。

クルーグマン 金融の規制緩和こそが要因です。いま最も収入を得ている人のほとんどは、金融界の人間ですから。さらにいえば、先ほどの変化の二つ目にあたる社会規範の変節も関係しています。具体的には労働組合の衰退。以前から会社のCEOは自らの収入を自分で決めていましたが、かつては高すぎる給料を設定するのを怖がっていました。反発に直面すると思ったからです。しかし一九八〇年代の初めから、その反発を気にしなくなった。繰り返しになりますが、格差が広がった要因は、政治的、そして社会的なものです。

- グローバリゼーションが格差の広がりに加担した割合は小さいということですか。

クルークマン グローバリゼーションは、スキル格差が広がった要因といえるでしょう。高い教育を受けた人が、あまり教育を受けていない人よりも仕事ができる環境をつくり出した。つまり、グローバリゼーションが引き起こした格差は、広い格差問題のほんの一部、ということです。

- そのような格差を縮小するには、どうすべきでしょう。

クルーグマン そう簡単には縮まりません。中流階級の仕事を海外にもっていかれたり、ITの発達で、これまで人間を使っていた部分がロボットでもできるようになったことも影響しています。そのような社会の変化が深く関係していることを踏まえれば、簡単な解決策はない、ということがわかるでしょう。


いまは増税を選択する時期ではない

- 最後に日本の話をしましょう。まさに世界はデフレを志向しているようにみえますが、それは日本が過去二十年間に陥った民であるようにも思えます。

クルーグマン その間題について最近、よく考えるようになりました。そこからわかったのは、日本はかなり珍しい国であるということです。ほとんどの国は経済が落ち込んでも、非常に低いインフレになるだけで、デフレにはなかなかなりません。ですから、日本のように年一%、二%と物価が下がっていく国を見つけるのは難しい。アメリカにしても、いまデフレに目を向けているわけではありません。低いインフレと高い失業率が注目されています。

なぜ日本が実際にデフレになったのか。それをずっと考えています。日本は九〇年代の半ばからデフレです。どの物価指数を使うかによりますが、ずっとデフレであることは間違いありません。私は「日本の『失われた十年』は十九年目に突入した」といっていますが、しかしこの時点で日本は比較的マイルドです。人びとはもちろん不満だらけで、やる気をなくしてしまう状況かもしれません。しかしアメリカやヨーロッパにみられるような
大量の不満分子を生んでいる、というわけではない。ですから最近は、日本がかなりよくみえます。

- まさに日本は、世界が直面している状況を真っ先に経験してきた「課題先進国」といえるかもしれません。

クルークマン 一九九〇年代の日本は、私や現FRB(連邦準備制度理事会)議長を務めるバーナンキのような学者にとって、非常に警戒感を抱かせるものでした。結局のところ、われわれは日本とそれほど変わりがない、つまりそれが日本で起きるのなら、アメリカでも起きる、と思ったからです。残念ながら、そのような主張は
正しかった。

- 「課題先進国」として、日本が世界に発信できるメッセージがあるなら、それは何でしょうか。

クルーグマン 国家債務についてヒステリカルになりすぎない、ということです。二〇〇二年にS&Pが日本国債を格下げしましたが、結局のところ、何も起こりませんでした。これほどの借金があり、問題が解決しているわけでもありませんが、現時点で日本は悪いモデルではないのです。ヨーロッパで起きていることに比べれば、日本は非常に幸せな国であるとすら思えます。

- 東日本大震災で生まれる復興需要などもあって、世界経済が悪化の一途をたどっても、日本経済は持ちこたえる、という論調もあります。

クルークマン もし戦争が経済の拡張につながる可能性があるなら、震災も公共支出を要求しますから、それと同様の効果をもたらす可能性があります。しかし震災からの復興だけで、経済が改善するほど大きな影響は生まないでしょう。もちろん、それがマイナスに働くこともないと思いますが。

- 日本経済が安定状態になるほどではない、ということですか。

クルーグマン まったくありません。日本もアメリカも同じですが、自分の国がどれほど裕福であるかを忘れていますね。巨大な震災が起きてすら、経済全体に及ぼす影響は小さい、ということです。

- 日本に対し、いま政策上のアドバイスを送るとすれば、どのようなものになるでしょうか。

クルーグマン インフレ目標は正しい。いまでも私はそう考えています。日本がいま必要としているものは、他国が必要としているものと同じです。いま重要であるのは、最後になるだろう、あと一回の財政拡張です。日本はずっとスポイト式、つまり一回に一滴を垂らすといぅようなやり方をとってきたわけですが、ほんとうに経済を完全雇用の状態に戻すには、大きなプッシュが必要になる。そのあとにインフレ目標を定め、実質金利がマイナスになるようにすれば、個人消費を促進する環境が生まれます。それができれば、公共の負債も減る。

歴史をみれば、借金を大幅に減らした国を見つけることができます。イギリスがそうです。過去二百年のイギリスの国家債務とGDPの割合をみてください。いまの日本よりも高いときが、一時的にしろあったのです。しかしデフォルトはしなかった。その状況を頑張って、切り抜けたのです。

- 国家債務への対策として、野田政権は増税志向を強く打ち出しています。目下の経済状況で増税を選択するのは正しいやり方ですか。

クルーグマン いまはそれを勧めません。まずは経済を先によくすることが必要です。そのあとに増税するのは賛成です。あなたは〝1997?という映画を観たことがありませんか。私の記憶が正しければ、消費税を上げたら、それが「九八年リセッション」の引き金になった、というストーリーだったはずです。財政的に責任を取りはじめようとする時期尚早の努力は、回復をかえって弱らせる、ということを知るべきでしょう。

- 最後に日本の読者、そしてファンへのメッセージをお願いします。

クルーグマン いいたいのは、あまり心配するな、ということです。日本の状況はこの二十年、ほとんど変化していません。現状と共生しているのです。国債が暴落するとか、超円高になるかもしれないとか、そういう心配をする必要はない。しかし、日本はこの状況に慣れていますが、他の国はそうではない。だから私は恐れているのです。

 
 
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