週刊文春 1992年5月28日号
脅迫におびえ、24時間厳戒体制のなか世界のマスコミに先がけて長時間、単独インタビューに成功
暴動のきっかけ ロス警官裁判陪審員が明かす無罪評決の理由

陪審員が沈黙を破って明らかにした事実は、余りにも衝撃的だった。“正義の殉教者”に祭り上げられたあの黒人青年は実は事件当夜PCPという麻薬でひどくラリっていた−−
苦悩の末「有罪」「無罪」で評決を分けた陪審員二人、彼らはなぜ、そう判断したのか。



死者五十八人、火災件数二千件以上とこれまでのワースト記録を塗り替えたロス暴動。そのキッカケは黒人青年、ロドニー・キング氏に対する白人警察官四人の“暴行”事件に四月二十九日、「無罪評決」が下されたためだった。
.この評決を「人種差別による不正義」と決めつけた黒人が暴動の火付け役となり、またたく間にロスの街は“無法地帯”と化した。と同時に始まったのが、件の評決に関わった陪審員十二人への執拗な脅迫だった。
電話番号を変え、警察の指示で急逮取り付けた“鉄の門”に閉ざされた自宅で、ひたすら息をひそめる陪審員−−十二人の陪審員のうち二人が熱心な説得によって今回、初めて重い口を開いた。
一人は「これが最初で最後のインタビューです」と声をひそめながら語り、もう一人は子供に託した手紙を読んだ翌日、家族全員で避難しているホテルヘ私を呼んでくれた。
二人ともたまたま今度の評決に関わったという理由だけで、マスコミから半ば“罪人”扱いされてきた。そういう意味でこの陪審員二人もまた、キング氏同様“被害者”である。
評決は現在、再審理に付されている最中である。被告は、警棒での“暴行”が一番激しかったローレンス・パウエル巡査。公務員職権乱用罪をめぐる評決で「有罪」四人、「無罪」八人と陪審員の意見が分かれたため、ただ一人、法廷へUターンした。
なお、無用な危険を避けるため陪審員二人は編集部の判断で匿名にした。


無罪 陪審員A(59歳) カマリロに住む男性 

私はこれまでも何回か陪審員をやったことがありますが、脅迫を受けたなんてことは一度もありませんでした。
しかし、今回は違っていた。陪審員だけでなく、ピンチヒッター(補欠陪審員)まで脅迫を受けています。それぞれの家族も大変な迷惑をこうむっているんです。
警察は二十四時間態勢で警備してくれている。電話番号もすぐ変えてくれました。これはずいぶん助かりました。電話番号を変えるまでは、本当に「殺してやる」というような脅迫が続きました。今は少し落ち着きましたけど、でも数日後には殺されているかもしれない……。
私が何よりショックを受けたのは、ブッシュ大統領がわれわれの評決を非難した時です。いままで、私は陪審員になることを誇りに思っていましたが、これからはもう絶対にやりません。ひどい大統領です。
陪審員は自ら進んでやるわけではないんです。市民の義務として召喚され、百以上もの質問事項に答え、また起訴側と弁護側からそれぞれ質間を受け、一週間もかかって二百六十人以上の人の中から選ばれる。
だから、陪審員に選ばれることは、これまでは名誉なことだと思っていました。でも、もうごめんです。私の人生をすべて変えてしまったんです。
地元の新聞は、評決の翌日、私たち陪審員の名前を報道しました。「公的な記録」だからというけれども、おかげで私たちの生活は大変な危険にさらされることになりました。
私は抗議し、その新聞の購読をやめました。ええ、謝罪の手紙は送られてきましたよ。でも、新聞に掲載された謝罪文は、虫眼鏡で見ないと読めないほど小さなものでした。
取材の申し入れも殺到しました。地元の新聞は実に高飛車で、「どうして取材に応じないんだ!」という態度でした。絶対に応じるものかと思いましたね。CNNはリムジンで私の家に来て、「何でもするから取材に応じてほしい。すぐスタジオに行こう」と言いましたが、「とんでもない」と言って断りました。ニューヨーク・タイムズも断りました。
陪審員制度について分かってもらいたいのは、.先ほども言ったように、ランダムに選ばれた市民にまず召喚状が送られてくるということです。病気とか、まともな理由のない限り、その召喚には応じなければならない。それから、人種偏見があるかどうか、職業や生活についていろいろな質間に答えねばならないのです。起訴側も弁護側も、好ましくない人物と判断すれば、その時点で失格にできます。だから、陪審員はかなり公平に選ばれているのです。
こうして選ばれた陪審員は与えられた権限の中で、法廷に提示された証拠や証言を聞き、それを裁判長から説明を受けた法律に照らし合わせて、判断を下すのです。
この時、裁判長から何回も言われることは、オープン・マインドであれということです。法律についての説明は、訴因一つ一つについておこなわれます。
一つの訴因について審議を終えると、その都度、陪審員たちは頭脳がクリアーになったかどうか確認されます。
また、裁判申は絶対に他の陪審員と相談してはいけないし、また誰とも事件について話してもいけません。妻と話すのも禁じられている。
法廷では、陪審員より一般の傍聴者の方が実際は見たり聞いたりする部分は多いんです。陪審員が予断を持ったり、影響されたりする心配がある時は、法廷から出されます。同じ理由で、テレビを見たり、新聞を読んだりしてもいけないんです。
また裁判中、あまり関係ない、あるいは影響されてはいけない証言がなされた場合には、裁判長はすかさず「今の証言は事件と無関係であるから考慮にいれないように」と注意します。
例えば、「キング氏が仮釈放中であることは、考慮に入れてはいけない」と言われました。
また、適応できる法律については裁判長から詳しい説明を受けますが、それ以外の法律はたとえ知っていても当てはめてはいけないんです。


「私は死ぬほど恐かった」

陪審員にとって重要なことは、自分の判断が裁判長から受けた説明にどれくらい一致し、一貫しているかということです。キーワードは、beyond a reasonable doubt(注・犯罪事実が、検察側により“合理的な疑いを容れる余地がない程度に”証明されない限り、被告は有罪にならないという評決の大原則)です。一つ一つの訴因について考える時、beyond a reasonable doubtということが重要な判断の基準になります。
今回召喚された時、私はどの裁判の担当になるのか、大体想像はつきました。テレビで何回も放映された、あのビーティング(殴打)の光景は焼きついていましたからね。
あれだけを見ると、誰でも警察官の行動は過剰だと判断するでしょう。そういう点で、マスコミはあの警察官の暴行は過剰で明らかに有罪だという“先入観”を国民に与えてしまいました。
法律用語でいうassault(暴行)とuse of deadly force(死に至らしめる力の行使)、use of excessive force(過剰なカの行使)とは、まったく違います。そういう説明も裁判長から受けました。
実は、ロス市警が出しているインストラクション・マニュアル(行動基準)という文書がありますが、そこには相手の低抗の度合いによって、警察が出来ること、出来ないことがガイドラインとして詳しく書かれています。殴っていい身体の部分と殴ってはいけない部分も、はっきりと決められているんです。
ガイドラインには、相手と取っ組み合いをしないようにとも書かれています。たとえば、キング氏のような身長百九十センチ、体重が百二十キロもあるような相手と取っ組み合いになれば、警察官が負けるに決まっているからです。
一般の人々は警察官があれほど殴る前に、キング氏がどれほど警察官に抵抗したのか知らないと思いますが、私たち陪審員は、その証言をきちんと聞いているんです。
パウエル被告以外の三人(プレシノ、クーン、ウインド各被告)については、陪審員全員が、彼らの行動がロス市警のガイドラインの範囲内であることを納得しました。
キング氏の抵抗に脅えていたという証言は圧倒的でした。ブレシノ被告だけは、他の三人の警察官は過剰な暴行だったと証言しましたが、私は説得性に乏しいと感じました。
警察官がキ.ング氏の車を止めて、彼に地面にうつむきになれと命令した時、キング氏は低抗したんです。その段階で、巨体のキング氏にどの警察官も脅えていたという証言を私は重要視しました。
パウエル被告は、I was frightend death !(私は死ぬほど怖かった)と証言しました。
パウエル被告以外の三人については、審議に入ってからすぐに、陪審員全員が無罪という評決に同意しました。この無罪(not guilty)というのは、innocent(無実)と違って、厳密に言うと“有罪ではない”という意味です。
問題はビデオを見てもわかるように、一番殴っていたパウエル被告です。彼については三日以上も審議したんです。結局、八人が無罪、四人が有罪と判断が分かれてしまいました。私は無罪と判断しました。
この審議は、本当に大変でした。問題のビデオも二〇パーセント速度を遅くしたり、画面をフリーズにして見たり、何回見たか分からないくらい見ましたよ。
そして、特に問題になったのは、パウエル被告が四回殴ったあとの状況です。
私の目には、キング氏は両手を腕立て伏せをするような恰好をして、今にも起き上がりそうに見えた。一方、有罪と判断した陪審員は「キング氏はすでに静かになっていた」と主張しました。
だけど、私には明らかに彼は立ち上がろうとしているように見えましたよ。
マスコミは、八十秒間に八十発以上も殴ったと報道していますが、実際にはよく見ると、その半分は空振りしているんです。また、殴る前に少し動きを止めて、状況判断もしているんです。


異常なPCP(麻薬)反応

ロス市警のガイドラインには、相手の低抗がある限度を越えたら、相手を無力化するということも明記されています。でも、キング氏の場合は、実際は無力化されていません。初めにかなりのポルトの電気ショックを与えていますが、それでもキング氏にはこたえなかったようです。
キング氏はPCP(麻薬)使用者ならではの症状を見せていました。車から出されてもぼーっとして周囲を見渡し、スピードを出して逃げたことについての罪悪感もないようでしたね。
〈もし、あひるのように見え、あひるのような歩き方をし、あひるのような鳴き声を出せば、それはあひるに違いない〉という諺がありますが、居合わせた警察官には、明らかにキング氏はPCPのすべての症状を示していたと見えたでしょう。異常に強かったのもそうです。
だから、警察官は出来るだけ彼と取っ組み合いをしないように、警棒を使ったんです。これはロス市警のガイドラインに指示された対応です。
今回の法廷では、キング氏自身は一度も証言台に立たなかった。その理由は、逆効果を恐れたからと言われていますよ。彼が仮釈放中であることは知っていましたが、もし彼が証言台に立ったら、彼に不利なことがもっと沢山でてきただろうと思います。彼が法廷に出てこなかったのは、マイナスが多いからじゃないでしょうか。
パウエル被告についての審議では、陪審長は「十分に事実を確認して判断してください。もう一度ビデオを見たい人はいませんか」と、再三念を押していました。
「あなたの頭脳はクリアーかどうか、もう一度確認してください。まだ判断を変える機会はありますよ」
陪審長は、皆が一つの見落としもなく、結論に達したかどうかを確認するのに一生懸命でした。
今度の騒動の後、ある陪審員がAP通信の取材に対して「もう一度、ビデオを見たいと言ったら、みんなに笑われた」と語っていますが、そんなことはありませんでした。まったくの嘘ですよ。
私自身は、「もう十分考えた。パウエルだけで三日も審議したのだから」と、そんな気持ちで、パウエル被告に対しても無罪の判断をしました。


「自分の判断は恥じない」

陪審員の判断は陪審長がサインをして裁判長に提出します。パウエル被告については意見がまとまらなかったので、赤色で書かれました。陪審員の意見がまとまらないことを、英語ではhang(注・特定の陪審員の反対で評決を不能にすること)と言います。
私は海軍で警察をやっていましたが、職業がなんであれ、有罪行為に対して無罪を出すなんてことはできません。
ロスで暴動が起こってから、十二人の陪審員の中に黒人が一人もいなかったことが、問題にされていますが、私は最初から、それはさしたる問題ではないと思っていた。
また、今度の評決について「あまりにビデオを見すぎて、(警官の暴行に)麻痺したのではないか」とも言われますが、決してそんなことはありませんよ。
ビデオは百七十フィート(約五十メートル)離れたところから、一方の方向でしか撮影されていない。だから、どこを殴っているかを正確に見極めることが難しく、人によって判断が異なったのも事実です。
私は自分の判断を恥じてはいません。何も隠すことはありませんが、社会が私を隠すよう仕向けたんです。罪悪感を覚えさせるように……。
ビデオ・テープについてクーン被告は法廷でこう証言していました。
「確かに激しく残酷だが、警察の仕事はときには残酪なものなんだ。それが現実というものさ」
クーン被告はまた、こんなことも言っていました。
「自分の仲問がやったことは、手に負えない、危険な容疑者を(交通違反で)逮捕するために必要なことだったんだよ」
ロス暴動が起こった時に、その原因を皆が陪審員に押しつけました。でも、私はロス暴動については何の罪悪感も感じてはいません。
ロサンゼルスの検察官が「ロドニー・キング裁判のやり直しを要求している」と発言したのを聞いて、陪審員をやるのがつくづく嫌になりましたよ。あの検察官は法廷に一度だって出席していない。何一つ証言も聞かずに、そういう無責任なことを言っているんです。
陪審員になった時、裁判長から受ける説明の中に「変わらぬ確実性を持って、双方から提示された証拠、証言にもとづいて、疑いのかげを越えて、判断するのです」という言葉があります。私は自分の判断は正しかったと思う。
私は私の判断に満足しています。評決が法廷で読まれた三分後も、三時間後も、三十年後も、三百年後も満足しているでしよう。
私はそれくらい正直な判断を下したのです。


有罪 陪審員B(43歳) シミバレーに住む男性

評決の日は、子供の野球を見に寄ったので、まっすぐ家には帰りませんでした。夜中の十二時を過ぎたころから、脅迫電話がかかり始め、ロス暴動の後はお前はロス暴動で何人殺したとか、You are dead ! とか言われました。
私は電話局で働いているので、三十分で電話番号を変えることができました。
パトカーもすぐ来てくれます。家には鉄の門をつけましたよ。ニューヨーク・タイムズも来ましたが、取材は一切断っています。
陪審員をやるのは今回が初めてでした。
その後、私は裁判官、検察側、弁護側からもあれこれ質問を受けました。私の兄は去年までロス市警にいたんで、兄についても聞かれましたよ。
最終的には十八人ずつ呼ぴ出されて、検察側と弁護側から質問を受けました。その場で好ましくないと判断されれぱ失格になる。私は二番目のグループにいましたけど、周りの人がどんどん失格になっていったので、私もいつ失格になるかドキドキしていました。ただ、正直に答えるしかありませんでしたね。
陪審員に選ばれることは名誉というより、私は市民の義務と考えています。陪審員の手当ては一日五ドル、それに自宅から裁判所までの片道分の交通費が出ます。


オープン・マインドが重要

陪審員に決定した時には、この事件の重要性を痛感していました。本当は兄が去年までロス市警にいたので、検察側から失格にされるかもしれないと思っていました。、
裁判は、初めに検察側が証人を立て、次に弁護側が証人を立て、それが七週間続きました。その模様はテレビでも報道されましたが、私たち陪審員の法廷での見聞は制限されることもあります。だから、一般の人が見聞することができる部分でも、私たち陪審員にはできない部分もある。私たちは見聞することが許されたものだけに基づいて、判断をしなくてはならないのです。
被告の有罪、無罪については、四月二十三日、他の陪審員と審議に入ってから考え始めました。裁判中はオープン・マインドでなければいけないからです。
それは、実際にはとっても難しいことですよ。検察側にしろ、弁護側にしろ、説得力のある証言をされると、私たち陪審員はとかく揺れ動く。
双方、お互いに自分には有利なことを、相手には不利なことを言うわけですからね。どちらを、どの程度信じるか大変なんですよ。
まだ裁判が終わらないうちに意見を形成しそうな自分に気づくと、ふと我に返って、オープン・マインドでいなくてはいけないと自分に言い聞かせたりしました。
一般の人は問題のビデオを一部しか見ていませんけど、私たち陪審員はその全部を何回も見ました。また、証人の答え方から、その信懸性を判断するわけですが、それは各陪審員に任されています。
ブレシノ被告は、法廷で他の三人に不利になるような証言をしました。
「私はキング氏を守ろうと思った。他の三人を止めようとした」
だけど、私には一人の証言を全部信じることは難しかった。
同じ場面に数人いても、人はそれぞれ違った捉え方をしますからね。例えば、全く同じシーンを五人が見て、後でそれぞれが状況を説明すると、かなり違ったものになる。だから、実際に起こったことを、誰が正確に言っているのか判断するのは、本当に難しい。
陪審員に選ばれる時のアンケートの質問にも、警察官がキング氏を殴っているシーンをテレビで見たかどうかという質問がありました。イエスと答えましたが、他にもっといろんなことがあるとは思っていました。
私はすべての証言、ビデオの他の部分を見て、裁判官の適用できる法律についての説明に基づいて、自分の能力のかぎり判断したのです。


有罪評決を出す二つの基準

一番重要なことは beyond a reasonable doubt に確立されねばならないということ。もう一つは abiding convictions to moral certainty (注・絶対といえる程度の揺ぎない確信。beyond a reasonable doubt とともに評決の大原則)ということです。
例えば一つの証言があったとします。それに対して二つの理にかなった説明があるとします。弁護側が「キング氏は逮捕に際して低抗していた。逮捕から逃げようとしていた」と証言します。これに対して、こういう場合に法律上、警察官がやっても許される範囲を考慮に入れなけれぱなりません。
警察官は相手の抵抗の度合いによって、それに応じた力を行使できます。われわれは警察官が行使したカが理にかなっているかどうか、裁判官から与えられた法律とロス市警のインストラクション・マニュアルに照らし合わせて考えねばならないんです。
ほとんどの陪審員は、ここに巨体の男がいる、その男が大変低抗をしたということを考慮に入れましたね。
評決の審議は、まずブレシノ被告から始まりました。彼はちょっと殴ってからすぐ引き下がったので、一番判断するのが簡単だったんです。
ビデオに関していうと、百七十五フィート離れた所から、それも夜の撮影なので、多くの人が思っているほど鮮明なものではないんです。例えば、頭を殴っているのか、肩の部分を殴っているのか、はっきり見えない。ここで beyond a reasonable doubt ということが問題になります。
もう一つは、どうして、そこで殴っているのか、まだ身体を身体検査する前から殴っているのかどうか、よく分かりませんでした。これは殴っている本人しか知らないのですから。これは beyond a reasonable doubt の問題です。
一つの証言、あるいは証拠に二つの理にかなった説明があり、どちらも同等に理にかなっている場合は、無罪になる方を選ばなくてはならない。それが法律なのです。だから私はブレシノ被告には無罪の評決を下しました。
ここで、法廷での警察官たちの証言などをもとに私が理解している事件の現場の状況を説明しておきましょう。
キング氏は時遼百マイル以上のスピードで、赤信号も無視して逃げていました。警察官がやっと車を止めた時、彼はいったん外に出て、また車の中に戻りました。
なぜなのか、理由は分かりません。武器を取りに戻ったのではないか?と疑われても仕様がありません。それから、やっと車の外に出ても、キング氏はゆっくり頭を回して、実に奇妙な行動をしました。
警察官の命令にも従いませんでした。後ろのポケットに手を入れようとしたので、婦人警官が「手もポケットから放せ!」と命令しました。そして、やっと地面に手をつきましたが、警察官の命令したうつぶせの形にはなっていませんでした。
それからクーン巡査部長がやって来て、「ここはわれわれに任せろ」と言ったんです。彼は四人の警察官に腕と足を押さえるように命令しました。キング氏は警察官の言うように腕と足を広げませんでした。
身長が百九十センチ、体重が百二十キロもある巨体です。キング氏は腕立て伏せのような恰好をしていたので、警察官が殴って倒しました。この時、どこを殴ったかは、ビデオからは正確な判断はできませんでした。


「絶対陪審員はやらない」

クーン被告についても全員一致で無罪の評決が下りました。
問題は、パウエル被告についての審議でした。ビデオを見ると、彼は一番殴っていた警察官です。私は証言、ビデオなどすべてを含めて、結局、このビデオを一番重要視しました。
ある陪審員はAP通信の短いインタビューで、自分だけがパウエル被告は行き遇ぎだと主張したように言っていますが、あれは嘘です。そして、「自分を脅迫するのはやめてくれ」と言ったのには腹が立ちました。
実際に、一番初めにパウエル被告は行ぎ過ぎだと主張したのはある女性陪審員でした。最終投票ではない初回の投票の時、彼女はパウエルを有罪にしました。その後、有罪にする人を増やそうとしました。
女性陪審員はパウエル被告は有罪であると最初から一貫していました。それに続いたのが、APの取材をうけた陪審員です。
あと二人が有罪とも無罪とも決めかねて迷っていました。その一人が私です。
結局、四人が最終的にパウエル被告を有罪にしました。どうして有罪なのか、陪審長の指示で、一人一人が説明しました。
女性陪審員はパウエル被告は、use of excessive force である部分が多いと主張しました。私は最後まで迷っていましたが、ビデ才を見ていると、どうしても無罪だとは言えない部分があるのです。キング氏がもうおとなしくなっているのに、殴り続けたからです。
結局、陪審員の表決は八対四で意見不一致による mistraial (陪審員の意見不一致による未決定審理)になりました。
裁判の行われたベンチュラ区には確かに警察関係の人が多く住んでいます。しかし、それとこの裁判の公平さは関係ないと恩います。
また、「陪審員はビデオを見過ぎて麻痺した」と非難する人もいますが、麻痺というより、見過ぎて疲れたというのが正しい。何しろ審議中だけでも五十回は見たのですから。
もし、この裁判がベンチュラ区のシミパレーではなく、ロスで行われていたら、パウエル被告の評決はあるいは違っていたかもしれません。
ただ、シミパレーから選ばれた陪審員は二人しかいないのに、アメリカ中がシミバレーの町を人種差別と非難するのはおかしいですよ。
ロス暴動は悲劇でしたが、私は自分の能力の許すかぎり正直に法律に照らし合わせて判断したことなので、何の悔いもありません。ただ、もう絶対に陪審員はやりたくない。
私は自分が歴史の一部になるなどという人生設計はしていませんでしたからね。
 
 
Copyrights 2003 @ Globe Walkers Club. All Rights Reserved.