Loop 2003年6月号
マイケル・クライトン
ナノテクマシンの暴走はいつ始まってもおかし<ない
最先端の科学知識と、研究開発の最前線取材をもとに、次々と話題作・問題作を出し続けているクライトンが最新作で選んだアーマは、ナノテクノロジーと研究開発者の倫理観。現代版「フランケンシュタイン」を考えていくと、ナノテクに行き当たったという。
着想から、作品を練リ上げていく過程、根底にある彼自身の科学観・倫理観までを聞いた。
| マイケル・クライトン 作家 1942年米国シカゴ生まれ。ハーバード・メディカル・スクール在学中からミステリを書き始め、68年『緊急の場合は』にてアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞を受賞。主著に『ジュラシック・パーク』、『ディスクロージャー』、『アンドロメダ病原体』。最新作はナノテクノロジーをテーマにした"PREY"(邦訳『プレイ』、酒井昭伸訳、早川書房)。 |
Q.『ジュラシック・パーク』という恐竜の世界から一変して、『プレイ(PREY)』ではナノテクノロジーの世界へ。新著を書くにいたったきっかけは何だったのか。
A.私がこれを思いついたのは4年前、ある女性が、ビジネスウーマンタイプの女性なんだが、家に帰ってきて子供をひっぱたく、というイメージからだ。
その後、そのイメージが、時々頭に浮かんでは消えるという感じだったのが、2001年末くらいになって、頻繁に思い浮かぶようになった。それで、これについて何か書くべきではないかと思うようになったんだ。それが、どういう現象なのか、何を意味するのかは、私にもわからないけど。
ただ一方で、私は昔から「フランケンシュタイン」に関心を持っていた。科学がモンスターを生み出すという一連の物語のなかで、これが一番有名だからね。でも、今となっては非常に古臭い物語だ。
そこで、現代のモンスターとはどんなものになるだろう、と私は考えていった。ああいう鈍重なものではないだろう。たぶん、人々が今一緒に働いている多くのロボットのようなものになるだろうという具合にだ。
Q.さらに、どう展開していったのか。
A.現代におけるモンスターとは、人工知能だろう。どんな種類の人工知能だろうか。何か小さなものを結びつけるような人工知能かもしれない。
小さなものって何だ?わずかな人工知能を持った非常に小さなロボットはどうだろう?どんなふうにまとまっている?床を這うアリのようなものかもしれないし、雲のように漂う集団かもしれない。では、どんな雲だ?どんなテクノロジーが元になっている?うん、それはナノテクノロジーに違いない・…・・こんなふうに考えていくんだ。
現実に起きていることのほうが想像よリも不可思議だ
Q.物語がどのように進んでいくか、最初に全体像を考えておくのか。
A.そうだね、そのうえで、物事がどのように進んでいくかを眺める。実際にどうなっていくかは、私にも正確にわかっているわけではない。作品によって違うしね。
『ジュラシック・パーク』のときの発想で、『プレイ』と似ていると思うのは、最初のイメージとして、恐竜に跳ね上げられて木に引っ掛かったクルマのなかに男の子が閉じ込められている、というものがあった。最初はそれだけ。書いているうちに、これはどういう決着になるんだろうと考えていくんだ。
『プレイ』でもなんというか、何が起きるか私にもわからなくて、書いていて、とても楽しかったよ。
Q.テーマを決めて、ナノテクノロジーや人工知能をフィクションの道具として採用した場合、それについて、どの程度調べるのか。
A.かなり研究はするけど、それはその分野に熟達するためではなく、何かを探すためなんだ。つまり、何かを読んで「これはいい」とか「これは使える」という発見のためだ。
Q.あとは想像力を飛躍させる?
A.そうだね。でも、想像に頼りすぎないようにはしているよ。現実世界で起きていることのほうが、想像よりも不可思議だと信じているからね。自分の想像カだけでは、昆虫から進化した知性を持った生物なんて決して生み出せないと思うからだ。他の誰かが、そういうのを考えてくれているんだ。
コンピュータにすべてを任せる怖さ
Q.科学者のなかには、自分の研究の結果について倫理的な責任を負わなくてもいいと考える人もいる。この点について、どう思うか。
A.かつて科学者はこんなふうに言っていた。「何かを思いついたら、すぐにやってしまうべきだ。躊躇していたら、他の誰かがやってしまう。それなら、自分が先にやって歴史に名を残したっていいじゃないか」とね。
しかし、今日の科学者はこう言う。「私はこれをやらない。誰かがやるかもしれないが、私はその一人にはならない」。これは大きな変化だよ。
Q.倫理的な拒絶?
A.その判断が、より現実的という場合もある。ビジネスにおいて、自分が研究開発した製品から得られる報醐よりも、リスクのほうが大きそうに見えるということもある。
科学者たちがそういうふうに言うようになって、私はうれしいよ。科学は急速に進歩しているから、やるかやらないかは結局、科学者自身の判断に任されていると思うんだ。
Q.それを、作品を通して訴えている。「テクノロジーに頼りすぎるな」というメッセージも含んでいるか?
A.いや、『プレイ』で考えていたのは、テクノロジーに誘惑されてしまった人びと、それに興奮している人びとを描くことだ。彼らはテクノロジーに引き寄せられ、魅了され、スリルを感じ、そのために結果に配慮しなくなってしまう。
もう一つは、ある種の知性に、人びとの問題を解決させるという考え方だ。これは、今日ではますます当り前になっている。
ある会議で私は、コンピュータによって設計された太陽光発電用の新しい集光パネルを発表するのを見た。コンピュータに、「どう設計するのが最適か」という課題を与えると、コンピュータは非常に奇妙だが、それでいて効率のいいデザインを作り上げた。
単にコンピュータに解決策を見つけるように命じるというやり方が、これからますます増え、いわば当り前のやり方になっていくと思う。
しかし、『プレイ』のようなケースでは、それは間違った発想だった。だから、そのまま進めても問題ないのか、それともそうではないのかを考えられるようになることだね。
Q.人間が守るべき一線?
A.私は、人間には倫理的なアプローチ以外に、経験に墓づく直観があると信じている。クルマの運転手は、道路の前方を見て、他のクルマを見て、一種の直観で、このカーブは曲がりにくいからスピードを落とす必要があるとか、このままでいいとか予測できる。この種の予測能力、これはいいアイデアだとか悪いアイデアだとかいう感覚、この種の感覚を養うには時問がかかる。
だから、『プレイ』に出てくるような粒子の大群が登場する前に、そういうものを作る人たちが、十分に時聞をかけて、物事を進める最善の方法に対する感覚を備えてほしいと願う。
作品に描かれている研究は現実に行われている
Q.この作品では、テクノロジーが人間を、人問の脳を打ち負かしてしまう。
A.この場合は、そうだね。そうしたことが起きる素地は十分に整っている。
パサデナ(米国カリフォルニア州)でサイン会をやっていたときに、若い連中がやってきて、こう言ったよ。「私たちの研究室に来てくださいよ。あなたの作品に書かれているようなことは全部やっています。ヤバいことを除いてね」。
Q.すでに現実である、と。あなたが描いた未来は、すぐに来るのか?
A.なんともいえないね。すぐにそうなる場合もある。
『ジュラシック・パーク』が出版されたのは1991年だが、当時は誰もが、「哺乳動物のクローンを作るにはあと20年かかる」と言っていた。でも実際には、そのわずか数年後に、クローン羊「ドリー」が誕生した。つまり、あることが起きるのは、人びとが考えているよりもはるかに早い場合もあるし、遅い場合もあるということだ。
Q.構想中の次のテーマは何か?
A.あまりはっきりしていない。書き始めようかなという構想は、3月にあったのだが、思い直してね。自分が何を書きたいのか確信が持てなくなってきた。だからたぶん、書き始めるのは1ヵ月くらい待たないといけない。
私の場合、普通、何を書くのかを決めるまでに、実際に書くのと同じくらいの時問が必要なんだ。
Q.執筆するのは、1日のうちで、どの時間帯?
A.昼間だね。この作品の場合は、いつも朝8時に取りかかった。娘を学校に送ってから、このオフィスに来るからね。12時まで書いて、それから昼食。午後は他の仕事をやって、夕食後また戻ってきて、あまり長くではないけど、2時間くらい書く。でもたいていは日中だけだよ。
Q.13〜4ヵ月、書き続ける?
A.そうだね。でも、娘の学校の休暇が入ったりすると中断することもあるし、行き詰まって中断することもある。どう進行するかはわからないよ。
Q.一気に書けるほうがいい?
A.そうともいえない。たとえばこの作品は、あまり確信が持てなくて。大きな変化のある作品になったからね。
|
関連書籍
|
 |
Prey
Michael Crichton (著) |
|
|
|
|
|