ジョージ・パッカード/George Packard
著者は語る
「日本人に最も愛された駐日大使」の生涯に迫る
『ライシャワーの昭和史』
ジョージ・R・パッカード 森山尚美<訳>

(週刊文春 2009年12月24日号)


日本で生まれ、ケネディ、ジョンソン大統領時代の駐日大使として、その後もハーバード大学の日本研究所所長として生涯日本とアメリカの架け橋であり続けたエドウィン・ライシャワー。本書は氏の大使時代に特別補佐官を務めた著者が、12年もの丹念な調査をもとに書き上げた評伝で.あり、きわめて新しい視点から描かれた昭和史でもある。

「日本での少年時代、アメリカでの研究者時代を経て、太平洋戦争に際しては科学用語の日英辞書の編纂や暗号解読者を養成し、戦後15年以上経ってからの駐日大使就任。彼の人生一つ一つのエピソードは実に劇的です。彼は間違いなく私のヒーローでした」

駐日大使を務めた期間は1961年から66年。高度成長期の日本で、氏は松方正義の孫であるハル夫人と二人三脚でメディアを味方につけ、与野党のリーダー、経済界、労組などとの協調関係を築いていった。「しかし、その陰で本国に残された息子、娘たちは犠牲になっていた。息子の結婚式にも出席しませんでしたし、決していい父親ではなかった。こうしたエピソードも交えて、人間ライシャワーをきちんと描いたつもりです」

今話題となっている日米核密約に関する新証言(岩国基地への核持ち込みを知った彼は在日米軍司令官に凄まじい勢いで抗議を行っている)や、氏の自伝から削除された個所など、全編読み応え十分。

「日米安保改定50周年を控えたこの時期に日本で出版できて嬉しく思います。これを機に日米間の問題を洗い出し、見直すぺき点は見直すべきです。条約は有機的なもの。効果的に維持するためには絶えず民意を問い、理解を求めなければ。氏は80年代、日本異質論を唱えるリビジョニストたちから非難され、それでも揺らぐことなく、日本の民主主義を信じていました。もし今生きていたなら、鳩山新政権の誕生を心から歓迎するでしょう。彼はずっと、一つの政党だけで一国を支配することは健全ではないと思っていたからです」

今、普天間という難題を抱えた日米関係についても、鳩山首相の唱える「対等な関係」を最初に提唱したのはライシャワー氏だった。

「もう一つ、氏はずっと日本人の英語コミュニケーション能力の低さを嘆いていました。今もその弱点は変わっていない。本当の意味で対等な関係を築くためにも、語学力の鍛錬がまだまだ必要だと思いますよ」


『ライシャワーの昭和史』
1910年、東京の宣教師宅で生まれたライシャワーにとって、日本は故郷そのもの。アジア研究に携わることは必然だった。戦後、ハーバード大教授時代の政府批判論文がきっかけで駐日大使となった彼は、対等な日米関係を築くべく、暴漢に襲われながらも奮闘する。「日米の架け橋」として生きたその足跡を辿った労作。

ジョージ・R・パッカード
1932年、フィラデルフィア生まれ。プリンストン大を卒業後、56年東大に留学。63〜65年、ライシャワー駐日大使の特別補佐官を務め、その後「Newsweek」ワシントン特派員などを経て、98年より米日財団理事長。07年に旭日重光章を叙勲。
 
 
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