リチャード・ステンゲル/Richard Stengel
タイム誌記者が教える『「おしゃべりな人」が得をする』
(週刊新潮 2004年4月8日号)


おしゃべりな人が得をする
リチャード・ステンゲル (著), 中原 聡子 (翻訳)
単行本 (2004/03/30) 新潮社

リチャード・ステンゲルは、タイム誌の政治問題主任として健筆をふるっている。ニューヨーク生まれの彼は、プリンストン大を卒業したばかりか、口ーズ奨学生として英国オックスフォード大で歴史と英語を修めた、疑う余地のないインテリだ。その彼にして、歴史的に認めざるを得ないおべっか、お世辞の効用。ジャーナリストの大野和基氏が改めてステンゲル氏におべっかのTPOを聞いた。


おべっか、お世辞というと何かネガティブな含蓄があるように響くが、最も普遍的で、文化を超えた行為の一つと言っても過言ではないだろう。
「おべっかを使うことは人間の性(さが)の中に組まれていて、人間が何千年も生存するのを助けてきた」
と言うのは、『「おしゃべりな人」が得をするおべっか・お世辞の人間学』(小杜刊)を上梓したリチャード・ステンゲルだ。彼は、この本を書くきっかけとなった"事件"をこう語る。
「十数年前に、マンハッタン5番街を友人と歩いているとき、サタデー・ナイト・ライブ(米の人気コメデイ番組)に出ているキャストとばったり出会った。友人の方がそのキャストと仲が良かったのだが、『昨日の寸劇は本当にすばらしかった』とほめちぎったんだ。私はそれを大げさでわざとらしいと思ってだまってみていたが、相手がとても喜んでいるのをみて、『おべっか』について考えるようになったのです」
ステンゲルは、それ以釆、今まで客観的に考えたこともなかった「おべっか」についてありとあらゆる面から、播くことにしたのだ。
最初は、進化生物学、それから人間に最も近いと言われるチンパンジーについて、さらに中世の宮廷杜会、社会学など、ほぼすべての分野を縦横無尽に研究した。
「チンパンジiは一日中お互いに毛づくろいをしている。それが私にとっては、『非言語のおべっか使い』に見えたのです。つまり、『あなたに毛づくろいをするから、私にもやってください』というふうにね」
ステンゲルは、「おべっか」を「戦略的な、目的を持った賛辞」と定義する。
「人におべっかを使うときは、意識的にせよ、無意識にせよ何かお返しを期待しているのです」
さらに、ステンゲルはおべっかに対する先入観をこう指摘する。
「成功者は、個人的なおべっかに影響されにくくなるというのは間違いで、大成功している人や自尊心が高い人にこそおべっかを使うと効果があります。ただし、それが『おべっか』であることがばれてはいけません。おべっかが成功するかどうかは、下心を隠せるかどうかにかかっています。おべっかの真髄は自分の利益を隠すと同時に、おべっかだと悟られないことにあるのです」
次に仕事場でのおべっかの使い方だ。仕事場で、最も効果的な方法は、地位の高い人から下の方向におべっかが使われるときであるという。
「自分がそれほど立派に仕事をしていないときでも社長に『よく頑張っているね』とほめられると誰でも嬉しいものですが、逆に自分よりも地位が上の人に対して同じおべっかを使うと『私の仕事ぷりを査定するとは一体こいつは自分を何者だと思っているんだ』と生意気に思われます。それはとても危険なおべっかの使い方です」
しかし、そういうときはステンゲルの言う、「第三者のおぺっか」という裏わざがあるのだ。
「地位が自分(A)よりも上の人に直接おべっかを使うことは逆効果ですが、第三者に『杜長はなかなかやるね』と間接的にほめるのです。そうすると、その第三者が社長に対して『ご存知かどうか知りませんが、A氏は社長がやり手だとほめていましたよ』と言うと、自分が直接社長におべっかを使うよりもはるかに点数がかせげます」

戦略的おぺっかの便い方

仕事場以外でもおべっかは不可欠である。特に女性を誘惑するときは不可欠であるとステンゲルは指摘する。
「王宮の札拝堂勤務の牧師だったアンドレアス・カペルラヌスは『この世には、何にも増して男性からの称賛を喜ばない女性はいない。
自分に関して話されるすぺての言葉が賛辞だと信じない女性はいない。人類最初の女性、禁断の果実を食べたあのイブですら、同じ勘違いをしている』と言っています」
さらに、ステンゲルが本の中で挙げている例は、意識的に、戦略的に使うものである。特に興味深いのは、「ぺし・ぺからず集」だ。
「まず絶対にやってはならないのが、おべっかを使うときに、頼みごとを同時にしてはいけないということです。『あなたはとても知的だ。20ドルくれませんか』と言ってもうまくいきません。
もう一つは、度を越さないことです。あなたが私に対して『あなたは、前代未聞の偉大な作家です』とほめても効果はありません。適度なおべっかがいいのです。
また、すでに達成している人や有名人におべっかを使うときも注意しなければなりません。私がトム・ハンクスに対して『あなたは偉大な俳優です』と言っても効果はありません。そういうときはかなり具体的に『あなたが監督をした、あの映画は特にこうだった』と言うとうまく行きます。つまリ、一般的な言い方をしないで、できるだけ具体的な事例を使うのです。お互い同士良く知っている人たちに同じおべっかを使ってはいけません。心にもないことを言っていることが後でばれる可能性があるからです」
「べからず」ばかりでは、どうしたらいいのかわからないが、ステンゲルは、おべっかを使う適切な方法も披露してくれる。
「ギリシャの作家たちも指摘していますが、人に取り入るベストな方法の一つは、ちょっとした頼みごとをすることです。人は何かをしてくれる人よりも、してほしいと頼んでくる相手を好意的に思うものです」
最後に、翻訳すると意味がなくなるので、邦訳には出ていないが、原書では、「おべっかを使う」ことに対応する英語表現を200以上も挙げている。日本語には「ごまをする」という表現があるが、英語にはapple-polishing(りんごをみがく)やback-scratching品(背中をかく)、他にも下品な表現で、俗語が多数ある。ステンゲルは言う。
「英語はとても表現が豊かな言語です。エスキモーは『雪』に対して20もの単語がありますが、英語に『おべっかを使う』という表現が日本語よリもはるかに多いからと言って、英米の文化がそれだけ、おべっかを使う文化であるかどうかを証明するのは難しい」
だが、文化と言語の多様性が密接な関係にあることを考えると、英語に「おべっか」の表現が多いのは、社会でそれだけ頻繁に使われているということを意味しているのではないだろうか。
 
 
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