マイケル・ウッドフォード/Michael Woodford
独占手記
オリンパス問題の真実
マイケル・ウッドフォード(元・オリンパス社長)
(月刊Voice 2012年1月号)


菊川元会長との確執から社長解任の経緯、日本社会へのメッセージまで、渦中の人物がすべてを語り尽くす。


『ファクタ』の衝撃


いまからちょうど一年くらい前、当時オリンパスの社長であった菊川剛氏に東京に来るようにいわれましたが、その意図が私にはわかりませんでした。非常に短いミーティングでしたが、そこで菊川氏から「私は自分が思ったようにこの会社を変えることができなかった。あなたならそれができると思う。次期社長になってくれないか」という趣旨のことをいわれたのです。私は二の足を踏まず、すぐに承諾しました。

中間職よりもトップからのほうが会社を変えやすいこと、さらには自分でもこの会社の多くを変えられるだろうことがわかっていたので、即答したのです。しかし、私の妻は同じ考えではありませんでした。ホテルに戻ってイギリスの家に電話をすると、泣きながら「これまでいい人生だったわ」といわれたのです。私には十代の子供が二人いますが、ほんとうに順風満帆の人生を送ってきました。妻はまるで予言者のように先がみえたのでしょう。結局、妻は正しかった。そこにエベレストがあるからといって、登る必要はなかったわけですが、妻は私がどうしても社長をやりたいことがわかっていたので、寛大になってくれたのです。

私が次期社長に就任することが二〇十一年二月の記者会見で公表されると、オリンパスの株価は著しく上がりました。四月二日に正式に社長に就任しましたが、その前から会社全体を変えるべく、念入りに準備を重ねてきました。オリンパスアメリカ社も経営状況がひどかったので刷新を図り、世界中から人を集めて人材を強化したのです。

もちろん、そうはいっても日本をどうするか、ということが最優先課題でした。コスト削減のため、多くのイニシアティブを採用しましたが、それはもちろん日本社会のやり方を尊重しながらのことでした。こうした改革を私は楽しんでいましたが、それも二〇十一年七月末までのことだったのです。

この職に就いたときからずっと、「新宿のオフィスにいたまま、グローバルの会社を経営することはできない」と私はいってきました。座ったまま声明を発表したり、命令することもできましたが、そのようなやり方をとりたくなかったのです。私はオリンンパスアメリカ社、さらにはオリンパス・ヨーロッパ・ホールディング社のCEO(最高経営責任者)でもあったので、アメリカとヨーロッパの重役会の統轄もする、と最初に宣言していました。日本、アメリカ、ヨーロッパをぐるぐる回る出張ばかりが続きましたが、七月末、ヨーロッパ部門のヘッドがあるハンブルクでの重役会に出席するため、私はドイツを訪れていました。

ドイツに着いたとき、多くの同僚や友人から「『ファクタ』の記事を読んだか」というメールを受け取りました。当時は『ファクタ』が何かも知りませんでしたし、そこで目にした記事の翻訳も不完全なものでした。そこでは会社のM&Aについて、何か深刻な状況が起きている、ということしか読み取れなかったのです。記事が世に出たのは二〇十一年七月二十日、重役会は二十九日だったので、誰かがこの記事についての論議を起こすだろう、と私は思いました。二十八日に日本に戻り、重役会を開催しましたが、誰もこの問題について、口を開く人はいなかったのです。

七月三十日、私は自分が尊敬し、信頼している非常に優秀な日本人のビジネスマンと一緒に温泉に行きました。そこで彼は『ファクタ』の記事をすべて訳してくれたのです。最初は信じることができませんでしたが、情報源は信頼に足るものである、とその人にはいわれました。「事態は深刻です。あなたの会社に何が起きていたか、調査する必要があります」と指摘されました。


「ちょっとした国内の問題ですから」

八月二日にオフィスに戻ると、菊川氏と当時副社長だった森久志氏がいましたが、二人ともそのことについては何も話しませんでした。さらにはその翌日、信頼していた社員と面会しましたが、そこで「この記事のことは知っていましたが、あなたにいわないように命じられていたのです」と告げられたのです。その言い方が腑に落ちませんでした。あれほどの信頼関係にあったのに、なぜこのような重要事項をいわなかったのか、理解ができなかったのです。私は社長であり、会社で起きていることはすべて知っていて当然、と思いました。

お昼に菊川氏と森氏を呼んでミーティングを開き、『ファクタ』の記事をみせました。四ページの記事には詳細に、オリンパスが行なった不明瞭なM&Aと、そこで発生した金額が記されていました。「これが私の懸念していることだ」と話すと、その瞬間に場の雰囲気が変わり、それが元に戻ることはありませんでした。

菊川氏は笑みを浮かべようとしましたが、非常に動揺していることが感じ取れました。日本人は感情を顔に出さない特別の能力があると私は思いますが、そのときには変化が手に取るようにわかったのです。森氏も同様で、顔では笑いをつくろうとしていましたが、その裏で心が揺らいでいるのが一目瞭然でした。

菊川氏は私にこういいました。「マイケルさん、あなたは社長として非常に忙しい人だ。だからこのことをあなたにいわないように、と私が指示したんです。ちょっとした国内の問題ですから」。それに対して私が「ここに書かれていることはほんとうなのか」と聞くと、「ほとんどが当たっている。でも心配はいらない」といわれました。

その答えに、私は非常に不満でした。「森さんと話す必要がある」というと、それ以上、菊川氏は何もいいませんでした。その日の午後、再び森氏と会いました。彼はとても寡黙な人ですが、そのときは誰よりも悪意がある人だ、と感じました。『ファクタ』に出ていた英ジャイラス社の不可解な買収、さらにはアルティス、ニューズシェフ、ヒユーマラボという非上場企業三社の子会社化の経緯について、私は質問を始めました。彼は説明を行ないましたが、すぐに話すのをやめてしまいました。日本企業に勤める人たちは、追及型の質問に慣れていません。追及しようとすると黙り込んでしまいます。

私は「この三つの会社から何を買ったというのか?タッパーウェア?フェースクリーム?」と聞きました。そのうち笑いを堪えきれなくなり、「冗談じゃない。どうしてこんな会社にこれほどの金額を払ったのか」と問い詰めると、彼は「ほかにも表に出ていない会社がたくさんある」と答えたのです。私は怒りを覚えました。自分は社長であり、副社長に情報を求めているのに、彼は逃げ腰になっている。私は森氏の目を見詰めて、「森さん、who do you work for?」と聞きました。オリンパス、あるいはウッドフォードという答えを期待していましたが、彼の答えは I work for Mr.Kikukawa. I'm loyal to him. でした。

その時点で、私はオリンパスのトップには非常に深刻な問題が潜んでいる、何か本質的に悪いものが内在している、と確信しました。それについて正確に把握する必要があり、その資格が私にはあると思いました。記事が出たのが七月二十日、菊川氏が私に返答したのが八月二日。その間、いったい何が起きているのか、という抗議を何人の株主が行なったでしょうか。『ファクタ』の記事が出たあと、いくつのメディアがわれわれに質問を投げかけたでしょぅか。ともに一つとして、そういう出来事はありませんでした。

日本の社会や文化がこのような状況を受け入れてしまうのは、日本の外側にいる人たちを混乱させます。そのことを思い出すと、いまでもアドレナリンが身体中を駆け巡り、私は早朝に目が覚めてしまうのです。


幹部に送った六通の書簡

八月に三週間休暇をとって、その後、長い出張に出ました。日本に戻ったのは九月二十日です。そうすると、『ファクタ』がまた新しい記事を出していました。今度は、オリンパスと反社会的な勢力とのつながりが書かれていたのです。事実ではないのに、このような記事を公表すれば、名誉毀損で訴えられるだろう、それなりの信憑性があるはず、と私は思いました。

そして九月二十三日、一通目の質問状を森氏にメールで送りました。オリンパスの幹部に送った書簡は全部で六通あります。もし私の質問に対して明確な回答が得られないのであれば、オリンパスのガバナンスがなっていない、ということです。そうなった場合、堂々と辞任することを明言しました。

その後、菊川氏と話を交わす機会がありましたが、そのとき彼は私に向かって怒鳴りはじめたのです。「いったいこの人は何者だろうか」と思いいました。「菊川さん、私はあなたのプードルではありません」と私は言い返しました。彼はとてもショックを受けているようでした。おそらくこの人はいままで、人に言い返されたことがないのだろう、と感じました。同時にそこで、自分はCEOの地位を与えられたが、権力をもっているのは菊川氏とその取り巻きである、ということが理解できたのです。

その後、私はロンドンに行き、オリンパスの社長として、英ジャイラス社買収に使った手数料を、プライス・ウオーターハウス・クーパース社(PwC)に分析してもらいました。複雑な経緯を知るより、その金額をみれば不自然さに誰もが気づくはずです。二千億円を超える金額を使って会社を買収し、その価値の三五%もの手数料をケイマン島の、誰も知らないちっぽけなコンサルティング会社に払っていたわけですから。

ロンドンを離れる前、菊川氏に向けた六通目の書簡を幹部全員に同報メールで送りました。そこではPwCの分析結果を記載したうえ、「会社の利益を優先し、名誉ある前途を歩むためには、いかなる局面から考慮しても恥ずべき事件であるこれまでの経過に対する結果に、あなたと森さんが直面することが必要です。現状に至ってはもはや擁護できない事態であることが明白であり、これから前向きに進む上での対策として、あなた方両者が役員会から辞任することが必要です」と書き添えました。


ブラック・コメディーさながらの解任劇

十月十二日に私は日本に戻りました。到着後に東日本大震災で破壊された東北地方に赴き、海岸や町をみて大きなショックを受けました。そして、そこで多くのオリンパスの社員がボランティア活動をしていたことに感銘を受けたのです。その二日後の十四日、東京では重役会が開催される予定でした。日本の重役会が特異なのは、中身はどうでもよく、時間どおりに始まって時間どおりに終わるということです。その場ではみんなソワソワし、誰も私に目を合わせようとしませんでした。もう自分は解任される、とわかっていました。腕時計をみると九時二分を差していました。そこで森氏が「東北の被災地をみて、ショックを受けなかったか」と私に聞いたのです。

その言葉に、私は反感を覚えました。この重要な局面で、彼は場を取り繕おうとした。私は彼の目をみて「もうごまかすのはやめろ。あなたが何をしようとしているかはわかっている。グズグズせずに、さっさといったらどうだ」といいました。すると彼はショックを受けた表情で、その場を去ったのです。菊川氏を探しにいったことは明らかでした。菊川氏が会議室に入ってきたのは九時七分。彼はまるでパワーボイントを使ってプレゼンテーションでも行なうかのように、演壇に上がり、重役会で取り扱うことになっていたガバナンスの議題はキャンセルになった、と発表したのです。その直後、次の議題に進むと告げ、「ウッドフォード氏は社長として解任されます。みなさん同意しますか」といいました。全員がすぐに挙手しました。

彼らはみな、私が出した六通の書簡とPwCが作成した報告書に目を通していたにもかかわらず、それを完全に無視して私を解任したのです。つまり、私を解任することを事前に決めていたわけです。私はそこで発言すら許されませんでした。その後、私はアメリカとヨーロッパにおける地位も剥奪されました。まるでブラック・コメディーだ、という心境になったのを覚えています。日本では社長を解任するのは非常にまれなことです。

自分のオフィスに戻ると川又洋伸取締役がやってきて、いまもっている二つの携帯電話を返してくれ、といわれました。一つはイギリスの会社のもので、それがないと妻にも連絡が取れません。私が「あなたは警察か。なんと無礼な行動か」というと彼は引き下がりましたが、最後に「週末にマンションを出てほしい。空港までは会社の運転手を使わずに、リムジンバスで行ってくれ」とまでいわれたのです。なぜここまでの屈辱を受けなければならないのでしょうか。みなが脅えていました。この巨額のお金の裏には説明できない何かがあるのです。

私はできるだけ、早く日本を脱出しなければならない、と思いました。それから『フィナンシャル・タイムズ』の記者に電話して、これまでのストーリーを話し、資料を渡しました。そして羽田までタクシーを飛ばし、香港行きの最初の飛行機に乗ったのです。朝にロンドンに着くと、新聞のトップページに記事が出ていました。この事件で『フィナンシャル・タイムズ』『ウォールストリート・ジャーナル』『ニューヨーク・タイムズ』は、素晴らしい仕事をしました。彼らは調査報道のチームを日本に送って取材をしたのです。これこそ真のジャーナリズムでしょう。一方、日本のメディアはこの問題を採り上げるのが非常に遅かった。

翌週、イギリスのSerious Fraud Office(重大不正監視局)に行き、すべてのファイルを提示し、アメリカに飛んでFBI(連邦捜査局)を訪れました。まさにその日、菊川氏が辞任したのです。


世界中がこの事件を注視している

いま、私の社長復帰を要望する署名が集まっていることは耳にしています。当初から、その気持ちがあることは明言していました。私はオリンパスという会社に忠誠心があります。この会社以外で働いたこともありませんし、会社のことを思ってこのような行動に出たわけですから。オリンパスには素晴らしい人がたくさんいますし、つらい時期でも多くの従業員が私を支持してくれました。

日本は第二次世界大戦後、国を復興させるため、コンセンサスを重視する社会をつくり上げました。それが日本を経済大国に導いたわけですが、そのコンセンサスがいまは逆効果になっている。

日本にある暗黙の了解は、「絶対に批判してはいけない」ということです。経営がどれだけひどい状況でも、会社が倒産しないかぎり、重役たちはそこに居座りつづけます。そこでは基本的にイエスマンを集めた文化があるだけです。独立した報酬委員会もありません。社長が勝手に決めてしまう。日本のすべての会社は独立した報酬委員会をもつべきでしょう。さらにはそこで、たとえ株価が八〇%下落したとしても、日本の株主ははっきり主張しない。

いま日本が必要とするのは、economic vibrancy(経済の活力)です。会社がほんとうにうまく経営されるにはどうするか、を真剣に考えなければならない。今回の事件はオリンパス固有の事例ではなく、日本の株主の問題、さらにはメディアの問題でもあるとも思います。なぜ株主は怒らないのか、なぜ大メディアはすぐこの問題を採り上げなかったのか、なぜ弁明しようがないことを、菊川氏のような立場の人が記者会見で言い繕おうとしたのか。その答えについて、世界中が注視しているのです。

もしこの事件が何かプラスの要素を日本に与えてくれるなら、それは日本の企業のガバナンスを著しく向上させてくれるだろう、ということです。システムが機能するやり方を根本的に変えなければなりません。でなければ、日本は衰退していくだけです。

私は日本を愛しています。愛しているからこのような厳しいことをいうのです。会社にとってコンセンサスとハーモニー(和)はむしろ、よくない結果を生むことのほうが多い。それはパーソナルな関係ではうまく機能しますが、会社というのはつねに精査が必要で、難問を投げかけなければならないからです。もし私が社長として復帰したならば、それは日本が変わったという、一つの証左になるのではないでしょうか。 

 
 
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