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第7回 取材の裏側A 複数対象取材の難しさ−「代理母」リポートの場合(後編)
元CIA要員のロバート・ベア(「CIAは何をしていた?」著者)にきくと、「CIAの場合、エージェント(情報源)を確保するときは、blackmail(脅迫)しかない」と言う。相手の弱みをつかみ、脅迫によって味方にしてしまうのだ。成功率100%というからいかに効き目があるかわかる。取材の際にも相手の弱みをつかむことがいかに重要か、それは特に調査報道では取材の成否にかかわると言っても過言ではない。相手の弱みをつかんだら、取材交渉でこちらがはるかに有利になるからだ。CIAがエージェントを確保するときは、直接脅迫を使えるが、取材ではそこまではできないので、そのぎりぎりの微妙な線の一歩手前で交渉する。例えば、代理母から日本人夫婦のフルネームを聞き出しただけでも、斡旋業者との交渉のときにはるかに有利になる。まるで何もかも調べて、知っているようなしゃべり方をすればいい。相手は、クライアントに対する守秘義務を破ったのと同じことになるので、焦ることは目に見えている。
情報を取る
サクラメントでテリーという代理母の取材をしたときの、最後の質問がまさに日本人夫婦のことであった。これは最初に訊いてはいけない。下心がばれるからである。すべての質問が終わった後で、まったくそのことに関心がないような、軽い訊き方をする。もう取材が終わっているものと錯覚させるほどの微妙なタイミングで訊く。言わば世間話のように訊くのだ。そうすると、「あっそうそう、今サンフランシスコに来ているわよ」と言ったのだ。その瞬間、今つかまえるしかないと焦るが、焦燥感を顔に出してはいけない。さらに運がいいことに、こちらから訊くまでもなく、テリーはその夫婦の苗字も教えてくれた。おまけに「確か明日日本に帰ると言っていたわ」と軽く付け加えたので、ぼくは、すぐ自分のホテルに戻って、サンフランシスコ中のホテルに電話するしかないとますます焦ってくる。
ホテルに戻ったときは夜の10時を過ぎていたが、今しかチャンスがないので、片っ端から日本人が泊まりそうなホテルに電話すると、5件目でつかまった。誰から聞いたとは絶対に言わないで話を進める。夫の方はかなり怒りまくって電話の向こうでどなっている。絶対に取材は受けない、と言い張るのだ。子宮筋腫のために、手術で子宮を切除し、代理母か養子以外に子供を持つ手段がなくなった奥さんの方は返って冷静にぼくとしゃべってくれた。最後にぼくのニューヨークの電話番号(当時私はニューヨーク在住)をとりあえず渡しておいた。
情報を使う
翌日、斡旋業者に電話して、代理母を依頼している日本人夫婦と電話で話したことを伝えると、相手の声が震えて、パニックに陥っているのが、手に取るようにわかる。「記事の中で、実名を出すことはこちらの勝手だ」と言えば、脅迫にとられかねないので、そういう直接的な言い方は避ける。こういうときは、「取材に応じるように説得してもらえるのなら、実名を出さなくてもいい」と言えばいい。それだけで十分相手は引くはずである。「応じなければ、実名を出す」という風に解釈するかどうかは相手の勝手だが、ぼくからは口が裂けても言わない。 近所にも隠れて渡米し、代理母を使おうとしている夫婦が実名を出されることほどいやなことはないはずだ。これで取材に応じないはずがない、と確信する。
そして取材成功!
夫婦が帰国して、2、3日すると果たせるかな、奥さんからニューヨークまで電話がかかってきた。多分斡旋業者に、取材に応じた方がいいとアドバイスを受けたのだろう。「主人は今だに拒否しているのですが、私が主人を説得しますから、こっそり鹿児島まで来てください」と言うのだ。私はすぐにニューヨークから鹿児島まで飛んだ。奥さんはぼくが来ることは知っているが、夫は知らない状態だ。訪問したときには、会社を経営している夫はいなかったので、奥さんとしばらく話をして、作戦を練っていた。奥さんはすっかりぼくに話す気持ちになっているので、後は夫の気持ちを取材するだけだ。奥さんは夫に電話を入れて「大野さんが、わざわざニューヨークから来てくれたのよ。ここまで来たら話してもいいじゃないの」と話している。しばらくして夫が戻り、ぼくはすぐに夫の気持ちをほぐしはじめた。打ち解けたらこちらのものだ。代理母に関係のない、ビジネスのことにまで話が及ぶ。当時で1回の渡米でかかる費用は数百万円(一ヶ月の滞在費、採卵手術費用、斡旋業者などに払う費用もすべて含む)だったが、その夫は「大したお金ではない」と言っていた。
ルポルタージュの真髄とは
奥さんの方はすっかりぼくのことを気に入ってくれたのか、最後は代理母にハワイで産んでもらうので、ぼくにもハワイに来るようにすすめるほどだった。すべて密着していい、とまで言ってくれたのだ。あいにく代理母はまたもや流産をし(その時点で日本人夫婦は2千万円近く使っていた)、その話は流れたが、この夫婦の話がぼくのルポの中に出てこなかったら、本当にマヌケの記事になっていたことは間違いない。炭酸の抜けたビールのようなものだ。記事を読めば、どうしてこういう人に取材できたのか、と思わせる部分があってこそ、おもしろいと思う。小説なら作り話でいいが、取材されたくない相手を説得し、その話を入れることは、ルポタージュの真髄だろう。 いかなる取材でもそうだが、取材交渉で相手を説得するときにいかに優位に立つか、それは外交交渉でも、ビジネスの交渉でも同じことではないだろうか。
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