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第9回 取材の裏側B アメリカでの日本人対象取材の場合(後編)
第一作戦成功
託児所の取材はスムーズに行った。案内は20分ほどで終わり、最後に計算どおり、日本人の親がここに子供をあずけているかどうか訊いた。予想通り、鹿内さんのファイルが机の上に出された。その瞬間にぼくは彼女の電話番号を覚えたのである。逆さまに読まなければならないが、取材の成否にかかわっているので、簡単に覚えられる。適当に語呂合わせを作って、しばらく記憶が持つようにした。
案内係りは、「ちょっと待ってください。彼女のオフィスに電話して本人の許可を取ります」と言う。電話を切った瞬間、彼女の顔面が一気に蒼白になったことは今でもはっきり覚えている。”Please leave right now.”と力のこもった震えた声でぼくを追い出したが、”I am afraid it’s too late.”と一言残してぼくは去った。「これしか方法がなかった。計算どおりに行った」と自分に言い聞かせて、そそくさと去っていった。一応FBIの知人にぼくが使った方法の如何をきくと、よくそこまで知恵が回ったと感心された。叱られるどころか、ほめられたほどだ。
インタビュー成功
住んでいる場所の確認は、尾行が一番だ。朝彼女が出勤したときに隠し撮りは終わり、後は夕方帰宅するときに尾行するだけだ。ぼくは自分が尾行されるとわかるが(わかる方法がある)、ほとんどの人はなかなか気付かない。取材によっては、相手の車を止めて車から出てこさせるために、わざと尾行していることを知らせるような運転の仕方をすることもあれば(こちらは簡単)、逆にばれないように運転する方法もある。今回はばれないように運転したが、彼女は自分の運転に集中して、何の疑問も持たずに自宅に向かっていった。マンションに入ったのを確認したあと、ドアマンにちょっとした心づけを渡すと、すぐにこちらの味方になる。何人で住んでいるとか、メイドさんがいるかどうか、何でも教えてくれる。こういうときは、やはり早口がいい。考えさせる余裕を与えてはいけない。今までドアマンから情報を入手するのに失敗したことがないが、彼らの収入は高くないので、ちょっとした心付けで十分だ。
ここまでくれば、あとは本人に直撃することになるが、電話をすると「ここまで調べた人がどういう記者か、知りたい。ぜひ会いましょう」と簡単に言ってくれた。翌日、二人で会って、長々としゃべった。あちこちから取材の電話がオフィスにかかってきたが、”She
is not here right now.”と英語で言うと、みんなそれだけであきらめたようです、と笑いながら言っていた。ぼくは、それが本人の声であることは聞いてすぐにわかっていたことを伝えると、「日本人はちょっと英語を使うだけで、あきらめますからね」と日本人をバカにしたようなことを言っていた。確かに、それが本人の声であることくらいは気付いてもよさそうだが、たとえ取材対象が日本人でもアメリカで取材する限り、壁はすべて英語であることを忘れてはいけない。
ジャーナリストは言葉が命
話は変わるが、やはり途中の壁を破るのに英語がどれほど必要か、もう一つの例を挙げる。
女優の中井貴恵がボストンで極秘結婚式を挙げる情報が、日本からの電話で知らされたのは前日の午後だった。最終的にはニューハンプシャーにある、彼女の婚約者の研究室を突き止め(途中経過はすべて英語)、そこに電話を入れて、「招待されて日本から来たが、招待状をなくして明日どこに行ったらいいのか、わからない」とわざと下手な英語で言うと(もちろん通じる範囲で)、親切に時間、場所を教えてくれた。研究所を突き止めるまで2時間ほどかかったが、そのときは、相手に考えさせる余裕を与えないように、いつもの早口で英語をしゃべりまくる。まるで、大至急伝えなければならないことがあるような話し方をすれば相手は何も考えずにどんどん教えてくれるものだ。最後の電話は逆に、英語を下手にすることによって相手が親切になることが予想されるので、わざとゆっくりしゃべる。ただし、文法的に完璧な英語を話さないと、誤解されるのでそこだけはちゃんと守る。
翌日その教会に、どちらかの友人のふりをして行くが、両方の友人をすべて把握しているわけではないので、参列してもばれるはずがない。相手はどのマスコミにもばれていないと思い込んでいるから、こちらも半分楽しむつもりで参加した。教会から出てきて、みんなに米をかけられる瞬間を撮影し、その後は、いつもの尾行だ。そしてホテルに着いた瞬間に取材をかける。本人たちはきつねにつままれた顔をして、びっくりしていたが、取材にはきちんと応じてくれた。どうしてわかったのか、とも聞かれなかったので、考えた言い訳(近くを歩いていると「偶然見つけた」)も言わずに済んだ。他にも取材相手が日本人で、たまたまかなりのバイリンガルであったため、途中で英語に切り替えてぼくを撃退しようとしたことがあったが、ぼくはさらに早口でしゃべって、優位に立ったこともある。英語に切り替えても意味がないことを思い知らせたのである。ジャーナリストは言葉が命である。
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