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第10回 取材の裏側C 代理母インタビューの真実
しつこいようだが、また代理母の話をさせてもらう。というのもこのコラムでも紹介した代理母の記事を書いた「女性セブン」から、向井亜紀が”利用した” (英語で言うと、ぼくなら敢えてexploitという言葉を使う)代理母の直撃インタビューをしてほしいと1/16の午後3時半くらいに連絡があったからだ。その夕方の便に間に合わないかときかれたが、別件でファイナンシャル・タイムズ紙の東京支局長と帝国ホテルで会っていたので、それを中断してまで飛ぶわけにはいかなかった。向井亜紀は記者会見で、代理母についてネバダ州のシンディ・ヴァンリードさんとフル・ネームで明かした。年齢も32歳と。もうそれで彼女の自宅の住所を割るには十分な情報だ。彼女の名前が電話帳に出ていなくても、水道、ガス、電気などすべて夫の名義でも関係ない。フルネームと年齢さえあれば自宅を割るのは朝飯前だ。とりあえず、どの便で行くか決める前に自宅住所を割らないと話しにならない。
あっけなく取材OK
彼女が住んでいる町の名前は、ファロンという人口が1万人にも満たないところで、ネバダ州リノから東に100キロあまり行ったところに位置する過疎地だ。ぼくはサンフランシスコ経由でリノに入った。そこでレンタカーをして、ファロンのホテルにチェックインしたときは午後4時半を回っていた。街中に入った瞬間に悪い予感が脳裏を横切った。今まで数人の代理母にインタビューしたことがあるが、彼女たちが住んでいた町以上に過疎地だった。つまり今回の代理母も今までと同じかそれ以上に貧しいのではないかという予感。 成田空港を発つ前に髭をそってからかなり時間が経つので、とりあえずシャワーをさっと浴びて髭を剃る。アポなしで直撃するときに、ホームレスに見える顔ではそれだけで警察を呼ばれそうだ。こぎれいに見えるようにして、住所とインターネットから印刷した地図を頼りに運転するが、何しろ街燈がない。真っ暗。家の番号も見えない。該当する通りにたどり着くと、一つ一つ郵便受けの前に止まるしかない。ようやく見つけて、ドアをノックすると、アメリカ人にしては小柄な女性が出てきた。「ここはシンディ・ヴァンリードさんの家でしょうか」と訊くと「私よ。どうしてここがわかったの?」とキョトンとした顔つきで応対する。その質問の答えは用意するのを忘れたので、笑ってごまかした。ぼくは「向井亜紀の代理母をやった人ですね」「そうよ。どうぞ中にお入りください」とあっさりインタビューに応じてくれる。そこでぼくはずっこけそうになる。断られたときの対策をあれこれ考えていたことがバカらしくなった。
実を言うと、日本を発つ前に胸騒ぎがしたので、シンディさんの夫についてdue
diligenceを行った。due
diligenceというのは、例えば、A氏が社長として、ある会社に入ろうとする場合、本人自身が書いたバックグラウンドを客観的にすべて調べ上げることである。2年ほど前、クロール社(元FBI捜査員、元CIA要員などから成り立つ調査会社で、due
diligenceでは超一流。CEOの誘拐にも世界で対応している)に取材に行ったときに、こう言われたのを覚えている。「日本のある会社に、入ろうとした社長のdue
diligenceを行ったら、すべて嘘だった。大学も、職歴もすべて嘘だった。まるで小説に出てくる架空の人物のようだった。日本は、このdue
diligenceを徹底しないから、とんでもない人を雇い入れて、経営を任せ、気がついてみると乗っ取られたケースもある」 学歴に関しては、教育機関は公表する義務がある。大学のOffice
of
Registrar(記録係)に連絡すると簡単に教えてくれる。今回の古賀潤一郎議員事件も、本人が提出した学歴を第三者の機関がやはり調べるべきだったのではないか。選挙で学歴が公表される前に、本人に書き直しの通達ができたかもしれないからだ。どんな職業であっても嘘の学歴は許されない。「先生の最終学歴は何ですか」と聞かれて「早稲田大学」と答えたマヌケ議員もいたが、議員の略歴をみると「早稲田大学中退」になっている。「中退」も立派な学歴(少なくとも入学している)だから、そこまで言わないと、大学名だけでは、卒業したものと勘違いしてしまう。間違った印象を与えたことで、詐欺に近い。
記事には書けなかったが、夫は自己破産していた!
さて、話を元に戻すと、シンディさんについて胸騒ぎがしたので、夫が自己破産したことがあるかどうか調べてみた。まさか名前が出てくることはないだろうと思っていたが、まさに夫の名前が出てきたのだ。女性セブンの記事はネガティブにはしないということだったので、夫が自己破産していたことは書かなかった。妻が「私のお腹貸します」という宣伝をインターネットに載せたときも夫が横にいたくらいだ。ファロンという町には少しのカジノはあるが、ほとんど経済活動がない。ここでの100ドルは都会の500ドルくらいの価値があるだろう。家も10エーカーで600万円くらいほどだから、普通なら現金でさっと買えるほどだ。 夫の自己破産の内容を調べると、資産が5520ドル。負債が22276ドル。シンディが今回の代理出産でもらった謝礼が、18000ドルプラス双子の場合は2,3000ドル余分にもらえる。シンディにしてみれば、妊娠前に3ヶ月間、毎日ホルモン注射をしなければならない。副作用もある。この注射は夫がやったというが、元はと言えば夫の責任だから、夫がやって当たり前だろう。要するにほぼ1年間体を犠牲にしてもらうお金がたったの230万円ほど。年収230万円ということだ。普通の感覚なら、これで割りに合うはずがないが、経済活動がほとんどないこの過疎地では大金だ。 取材が終わって、2,3日間シンディと電子メールでやりとりしたが、これには別の意味がある。英語を書かせるためだった。書かせるとその人の教養が出るからだ。単語の使い方の間違い、綴りの間違い、ネイティブとは思えないほど、間違いだらけの英語。これではまともに勤められないだろう。日本で言うと禄に漢字が書けないということになる。向井亜紀は、シンディの夫が自己破産をしていたことを知っているのだろうか。
美談では済まされない!
代理母について10数年間ぼくがやってきた取材から浮かび上がった構図と今回もまったく同じだった。裕福な日本人と貧しいアメリカ人である。両極端に位置するカップル。向井亜紀は自分が逆の立場になることを考えたことがあるのだろうか。自分が他人のために代理母をやるか考えたことがあるのだろうか。健全な子宮があったときを思い出してほしい。他人のために自分の子宮を貸そうと一瞬でも思ったことがあるのだろうか。 シンディからの、最後のメールにこう書いてあった。”Later
in the pregnancy I was drained of
energy.”(妊娠の最後の方になって、エネルギーが枯渇した)彼女にしてみれば、これほど辛いことはなかったと思う。帝王切開も彼女は妊娠した瞬間から、医師に告げていた。ビジネス用の赤ちゃんを産道を通すわけにはいかないと。精神的に割り切るためだ。 日本は代理母を禁止している。ずっと禁止にしてほしい。妊娠、分娩に伴うリスクを他人にお金で背負わせるのはおかしい。どう考えてもおかしい。それが向井亜紀にはわからないのだろうか。シンディが中流以上の家だったら絶対に代理母をやっていないことは明らかである。代理母をやります、という宣伝もインターネットに載せなかっただろう。彼女にすれば、これ以外に2万ドルあまりのお金を得る手段がなかった。究極の選択だ。自己破産した夫の罪はさらに大きい。夫に甲斐性があれば、シンディは代理母をやることを微塵も考えなかっただろう。彼女の小学校の息子は、学校でお母さんが日本人夫婦のためにお腹を貸したことを言いふらして、自慢しているという。お母さんがどれほど肉体的にも精神的にも辛かったかは子供は知らない。夫は最初から賛成だったというが、妊娠できない人のために、自分の妻のお腹を貸しに出す夫がどこにいるのだろうか。インタビュー中、彼の顔には笑い一つ見えなかった。苦渋の表情しか見えなかった。これは美談で済まされる話ではない。
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