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第23回 取材の裏側G ここまでやるのがジャーナリズム − 有森&ガブのケース(前編)
元マラソン選手有森裕子が、ガブリエル・ウィルソンと付き合っていたのは、彼女が結婚する前年の8月には、「週刊ポスト」に来た、たれこみの手紙からわかっていた。当時の手紙には、差出人こそ書いていないが、コロラド州ボールダー在住の日本人から、「マラソン選手の有森裕子が、ガブリエルというアメリカ人と真剣に付き合っている」という内容のことが書かれていた。さっそく調べたが、その時点では調査は進まなかった。ガブリエルが、苗字ではなかったからだ。そして、翌年の1月彼女が結婚したと同時に、フルネームが発表された。ぼくはすぐにボールダーに飛び、ガブリエル・ウィルソン(通称ガブ)のdue
diligenceを行った。due diligenceとは、このコラムでも説明したことがあるように、人物調査である。自己破産したことがあるか、学歴詐称はないか、ガブが有森に言ったことに嘘はないか、調べられることをすべて調べることである。
ガブの嘘
最初にわかったのは、ガブの免許証が偽造であること、小額の不渡りを無数に出して、訴訟を起こされていること、それはすべて公開情報で入手できるものだ。そういう情報を持って、有森の自宅に直撃したら、ぼくが一言言う前に彼女はパニックになった。家の中にはガブがいることが見えたが、出てくる様子もない。しばらくすると警察が来た。恐らくガブが呼んだのであろう。警察は英語しかわからないから、当然ガブが助けに出てくると思ってたが、出てこなかった。出てきたら、自分が調べたことを有森がいる前で明かそうと思った。有森の英語はまったく警察に通じない。警察はぼくに彼女が何を言おうとしているのかと聞いたが、ぼくにもわからない。それでもガブに助けを求めない有森の気持ちもわからない。このままではどうしようもないのでとりあえず、引き上げてホテルに戻った。
取材に「やりすぎ」はない
夜になって、また彼女の自宅に行くと、今度は自分が朝取り乱したことをぼくに謝った。ぼくは自分が調べたことを冷静に教えてあげた。それが金曜日の夜だ。彼女の顔が次第に青ざめて行くのがわかったが、恐らく何も知らないで結婚してしまったのだろう、と思った。夫婦で緊急記者会見を開いたのは、翌週の水曜日だった。そのときのガブの発言が”I was gay.”だった。有森の属する会社から「大野という記者は取材のやりすぎだ」というクレームの電話が編集部に入ったと後から聞いたが、担当編集者も笑っていた。取材にやりすぎはないことをここで明言しておく。活字にする段階でいくらでも調整できるので、取材中にこの辺でやめておく、という姿勢はよくない。最初からそのような姿勢でジャーナリズムの世界に入ることは根本的に間違っている。
それから、ボールダーのゲイ・クラブに片っ端から取材に行き、今度は有森がいないことを確認してからガブに直撃した。すると、ぼくの手をさっと引いて簡単に家の中に入れてくれた。その瞬間”I AM gay.”と言われたので、腰を抜かしそうになった。ぼくのこの報道がきっかけとなったと思うが、有森はガブと距離を置くために、別居することになった。ぼくがやった記事で、こういうふうに別居が生じたり、辞任が生じたり、会社の制度が変わったりすることは過去何回もある。もちろん個人的な攻撃を受けそうなときは、名前を出さない。取材される側がニュース価値のあることをするから、取材される羽目になることを明記しておきたい。
ボールダーからサンフランシスコへ
有森は、別居後、「ガブはサンフランシスコで小さなアパートに住み、スーパーマーケットでこつこつ働き、心を入れ替えようとしています」と言った。ぼくは、そのこともにわかに信じられず、いよいよ真相を明らかにすべく、ガブのサンフランシスコの居場所を突き止めるために、飛行機に乗った。機内では、「もし、8月の段階でぼくが調べて彼女に教えていたら、結婚していただろうか」とずっと考えていた。 (以下次号)
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| >>週刊ポスト 1998年9月4日号記事 |
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