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第28回 ジャーナリズムにおける男女の違い
ジャーナリストあるいはノンフィクション作家は、すべてのものに対して等距離に関心を抱くことが理想であるが、現実はまったく異なる。社会問題ばかり追いかけているジャーナリストが、経済問題を扱えるかというとそうではないことが往々にしてある。ジャーナリズムも音楽も表現の一手段としてみるならば、比較してもおかしくない。ピアニストでたとえると、ベートーベンは弾けないが、モーツァルトは弾けるというのと同じであるが、これは誰からみても明らかにおかしい。自分の得意なレパートリーに入っているかどうかは別として、弾けない曲があるのはすでにその段階でプロではない。しかし、ジャーナリストは、科学を理解する(本当はかなりの学問的基礎が必要)ことができる、いわゆる科学ジャーナリストは、めったに政治のことを書かないし、ましてや大統領選についても一字たりとも書かない。ぼくはこれに猛反対なのである。もちろんぼくには常に関心のあるテーマとそうでないテーマがあるが、週刊誌をやっていると本当に分野を問わず依頼が来る。そのたびに、「この分野が苦手だから、できません」ということはない。必ずやる。それがジャーナリストだと思う。もちろん長期的なテーマは常に持っている。 世界で確固たる地位を築いたアメリカの純文学作家ポール・オースターにインタビューしたときに、「医師や弁護士は試験に合格すればなれるが、作家は世間に認められて初めて作家になる」と言われた。それと同じことがジャーナリストにもあてはまるだろう。それほどまでにそれだけでかなりの収入を得ることは、よほど他の人にできない「裏技」がないと難しい。だからジャーナリストになることを人に勧めない。大体最初から技をもっている人は仕事に困ることはないからだ。
女性は身の回りのこと、男性はもっと大きなことに関心を示す
さて、アメリカに住んだ18年間のうち、ジャーナリズムに浸ったのは、最後の14年間だが、その間に普通なら知人にはなれない作家、ジャーナリストと知り合いになった。それはぼくが、英語がろくにできない駐在員や特派員としてアメリカにいたのなら、まず知り合うことがない人たちである。もちろん彼らにも選ぶ権利があるから、同等につき合うには、それなりの教養も知識も必要だ。英語が内面で機能する言語として、操ることができなければ当然付き合ってもらえない。めんどくさいからである。『「超」英語法』の著者である野口悠紀雄の「映画は聞き取れなくてもいい」と言っているレベルではまずそういう、第一線のジャーナリストや作家と同等に付き合うことは到底無理である。ここではジャーナリスト(ニューヨーク・タイムズ紙などの新聞記者も含む)に限って言うが、おもしろいことに日米共通の現象があるのだ。 それは、男性ジャーナリストと女性ジャーナリストで、扱うテーマが全然違うということだ。もちろん例外はあるが、女性はやはり身の回りのことに関心があり、男性はもっと大きなテーマあるいは、有名な事件に関心があるということだ。例えば、今でもよく連絡を取り合っている、スーザン・オリーンは、最高の文芸週刊誌、ニューヨーカーによく作品を発表する女性ジャーナリストで、The
Orchid Thief(邦題:「蘭に魅せられた男」)は映画化もされた。
日常を切り取る女性、ロマンを求める男性
例えば、彼女は、スーパーマーケットに毎日通って、女性買い物客のショッピングを観察する。もちろん彼女がジャーナリストであることはそこではわからない。透明人間のような存在になり、観察するのである。この前もニューヨークでお茶したときに「私はあまりにも身近で、普通の人なら見過ごしてしまうようなテーマが好きである」と言っていた。ぼくからみると、どうでもいいようなテーマであるが、彼女は鋭い慧眼で、その日常を切り裂いていく。DV(Domestic
Violence)問題も、書くのはほとんどが女性ジャーナリストだ。夫や恋人からの暴力は深刻な問題だと思うが、自分が取材して執筆するに至るエネルギーは湧いてこない。それは社会問題であるかもしれないが、かなり個人的な問題であると思うからだ。 一方、男性ジャーナリストが関心を持っているのは、何と言っても調査報道であろう。綿密な取材と複雑なパズルを解き明かしていくスリルを味わいたいのが男性だ。そして、暴露した暁に、社会が騒ぎ、記事に出てくる人が辞任したり、会社や社会の制度が変わる、そういう事件に関心があるのである。そして誰もが知っている大事件だ。その真相を追究することに関心を持つのは圧倒的に男性である。これはアメリカでも同じだ。一般に男性はやはり身近なことに関心はない。月刊「文藝春秋」で「MBA留学はもう要らない」と書いたときもそうだった。後から聞いた話だが、記事が出るや否や、英語に訳され、アメリカの有名ビジネススクールに出回ったという。トヨタの社内誌からも原稿依頼があり、思い切りその制度を批判させてもらった。おかげ(?)でかなり制度は変わったと聞いた。こういう影響が出たときにこそ、ジャーナリストの醍醐味が感じられる。
テーマは同じでもアングルが違う
男性ジャーナリストも女性ジャーナリストも関心があるテーマに不妊治療がある。ぼくも随分前から関心があるが、やはり女性と男性とではアングルが全然違う。ぼくの関心は、一つには不妊治療が医学の中でももっとも憶測で動いている現実と、きちんとしたEBM(Evidence
Based Medicine:証拠(科学的根拠)に基づいた医療)になっていないことだ。そして患者の弱みにつけこむ不妊治療クリニックが数多くあり、医療というよりは、ビジネスの面があまりにも強いからである。だから同じ不妊治療に関心がある女性ジャーナリストとはアングルが全然違う。医療では、治療法が確立するまでは、試行錯誤の繰り返しであり、それ故に途中の患者はすべてがモルモットになる。不妊治療は、こうすれば必ず治るというものはないから、すべての患者がモルモットということになる。女性ジャーナリストは、不妊カップルの苦悩に関心があるが、ぼくはむしろ患者の弱みに付け込むクリニックのビジネスのやり方に関心がある。精子を卵子に直接注入する顕微授精にしても、未知の自然の過程を省略して、無理やり受精させるわけだが、大体、そこで自然に逆らうこと自体、身の毛がよだつのである。自然に任せれば、妊娠できないということは、自然はその卵子と精子を掛け合わせることに反対しているということであるとぼくは思っている。異常があるから受精しない。それを無理やり受精させると、その異常がまた遺伝する可能性が強い。以前、不妊治療の取材で、この分野で有名な、ある医師にそのことを指摘したら「子供が大きくなって、不妊ということがわかれば、同じように顕微授精すればいい」と言われた。そう言われたとき、開いた口がふさがらなかった。精子が卵子に入るという、もっとも神秘的な過程を飛ばすことに、多くの研究者は警鐘を鳴らしている。ついでに言うと、女性の晩婚が不妊の原因の一つになっていることは確かだ。女性のbiological
clock(生物時計:出産可能年齢)を延長することはできない。生物学的に言えば、27、8歳がピークであり、あとはどんどん卵子の質が落ちていく。卵子凍結という技術も完成しつつあるが、まだまだ未解明の部分がある。最近の地震や災害をみても、自然の力がいかに恐ろしいかはよくわかる。それは人間にも当てはまるのだ。どれほど医学が発達しても自然に逆らい過ぎると、必ず自然の復讐がある。その因果を証明するのはほとんど不可能であるが、そう考えて生きた方が、賢明な生き方だと思う。
閑話休題。 井田真木子というノンフィクション作家がいた。彼女は「プロレス少女伝説」にて第22回大宅壮一ノンフィクション賞、「小蓮の恋人」にて第15回講談社ノンフィクション賞という2つの最も評判の高い賞を受賞した、希世の女性ノンフィクション作家だが、2001年3月14日、45歳で急逝した。彼女が大宅賞を受賞する前に、月刊「文藝春秋」編集部から、彼女への取材協力の依頼電話が入った。そして、ワシントンDCで一緒に取材したのがきっかけで、機会あるたびに会った。 彼女の「プロレス少女伝説」は選考会で大いに物議を醸したが、その原因が、テーマであった。ある選考委員がテーマに文句をつけたのだ。どうでもいいテーマになんで賞を出すのか、と言い出したのである。それ以降の井田さんのテーマはどれを取っても、男性からみると魅力のないものばかりだった。彼女の絶筆となった「かくしてバンドは鳴りやまず」の最後に出てくるインタビューの中で、彼女はこう言っている。 「自分の体験を書く、あるいは、自分を重ね合わせて女性性を書くというケースは、圧倒的に女性の書き手が多かったと思う。正確にカウントしたわけではないですが。対して、男性のノンフィクション作家は、「私」から遠く離れて、社会的な、より大きな問題を見つめなければならない。『私』から離れた『私たち』、つまり共同体なり社会、それを動かしていく政治、経済というものを書かなくてはならないというオブリゲーションが、ほとんど束縛的にあったのではないでしょうか」
自分と重ねて書くことはジャーナリズムではない
ある編集者は、「テーマとして見た場合、井田さんのテーマはほとんどの人が関心がない」と言う。ぼくも多分男性だから、井田さんの書くテーマには関心がない。井田さんの過去を少し知っているぼくは、彼女の言うとおり、自分と重ねて書いていることが明らかだから、それはぼくのジャーナリズム観に反するのだ。自分との共通点がまったくないテーマこそ、突き放してより客観的に書けると思うのである。 最近、小学館ノンフィクション大賞を受賞した「ネグレクト」(育児放棄)もそうだ。著者の杉山春氏は、あとがきの中でこう書いている。 「私が子育てや母子に関する取材をはじめたのは、真奈ちゃんよりも一歳半年長の息子が生まれてからだ。(中略)母として、息子をどう育てたらいいんか知りたかった。(中略)その間、私は自分自身の子育ての周辺で起きるさまざまな出来事や自分の気持ちの動きを、事件のひとつひとつの現象に重ねていた」 ぼくには自分と重ねて、作品対象に近づく気持ちはわからない。なぜならそれはジャーナリストとしてもっともやってはいけないことであると思っているからだ。
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>>「MBA留学はもう要らない」 文芸春秋 1992年2月号
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