◆講座情報
◆コラム
第1回〜第30回
第31回 子供の安全を守るメーガン法
第32回 中井貴恵極秘結婚式の場合
第33回 ジャーナリストという仕事
第34回 ジャーナリズムの基本は実名
第35回 生命と死について
第36回 私の危機管理術
第37回 お金で解決できないこと
第38回 自伝の嘘
第39回 雑感
第40回 経験と読書のバランス
第41回 日本の放送メディアの問題点
第42回 インタビューの種類
第43回 ジャーナリストに求められる倫理とは?
第44回 翻訳の功罪
第45回 小学校英語について
第46回 アメリカの道路と日本のそれの違いが示すもの
第47回 父親の箴言 雑草のごとく生きよ
第48回 一流とは
第49回 テレビ取材の難しさ
第50回 英語の難しさと効用
第51回 今年1年を振り返って (英語の威力を改めてみせつけられた1年)
第52回 ユーモアの重要性
第53回 日本のメディアのテーマ




第32回 中井貴恵極秘結婚式の場合

ハーバード大学のスーザン・ファー教授を取材しているときに、日本から電話が入った。
「明日、ボストンで女優の中井貴恵の極秘結婚式があるので、そのままボストンに残ってください。結婚式の場所、時間はわかりませんので、自分で調べてください」

相手の名前は、中沢直樹。ニューハンプシャー州ハノーバーで氷の研究をしているという。政府関係の研究所だというので、とりあえずワシントンの政府機関に電話して、ニューハンプシャーにある研究所で氷に関係するところを探し、友人のふりをして場所と時間を聞くしかないが、すでに金曜の午後3時とあって、あと2時間以内に調べないと間に合わない。ワシントンに電話して、ニューハンプシャーの氷の研究所を突き止めるのに1時間以上かかった。氷の研究所が閉まってしまえば、もう無理だ。まさかボストンにある、すべての教会に電話をかけるわけにはいかない。多すぎるからだ。

情報管理の隙を突く

日本でスポーツ紙などが、彼女の極秘結婚式の情報を入手しようとしたが、すべて失敗。だから、ぼくはますます意地になって、絶対に突き止めるとますます根性が湧き出てくる。緊張が緩むことはない。そしてようやくニューハンプシャーの研究所に電話がつながったのが、午後6時前だ。

「もしもし、そちらに中沢さんはいるでしょうか」
「彼は明日の結婚式の準備のために、すでにボストンに行きました」
「ぼくは彼の友人です。今日日本からボストンに着いたのですが、あわてていて日本に招待状を忘れてきました。場所も時間も覚えていません」
「それは大変ですね。ぼくはこれからボストンに向かいますが、明日の結婚式の教会は〜です。時間は何時ですよ」

ご丁寧にすべて教えてくれた。もちろんこういうときの英語はまるであまり英語ができないように、ゆっくりと話すが、文法的には完璧な英語を使う。誤解されたくないからである。

日本側の情報管理が徹底していても、アメリカ人の側の情報管理をまったくしていない。間抜けである。ぼくはあわてて、結婚式用の衣装を借りにいった。翌日まるでどちらかの友人のようなふりをして結婚式に参加するが、ぼく自身は絵になるような写真をいつ撮るか、そのことしか頭にない。メディアであることがばれると叩き出されるから、写真を撮り終わり、フィルムを隠すまでは、知らん顔である。メディアお断りの行事は、メディアと言わないで入ることは当たり前である。取材は結果を出さないと意味がないし、言い訳は通用しない。All or nothingである。撮影禁止とわかっていてもシャッターを押すのは当たり前である。そして常に別のフィルムを用意して、見つかってフィルムを取り上げられそうになったら、それを渡すのだ。

週刊誌の醍醐味

入れないイベントの場合、知人、友人のふりをして入ることは当たり前のことである。ニューヨークの法廷は許可がない限り撮影は禁止であるが、前日に別の刑事裁判の見物に行くと、どの辺で傍聴すると隠し撮りができるか、がわかる。一回の失敗も許されないから緊張するが、成功してアドレナリンが体中に流れたときの快感は何にも置き換えられない。だからいつまでも週刊誌をやっているのである。その快感を一旦味わうと週刊誌から足を洗うのはほとんど不可能になるだろう。特に、中井貴恵の結婚式のように、絶対にばれないと思っている極秘イベントに、メディアとして自分しかいないだろうと思うだけで、体がぞくぞく震えるのだから、週刊誌をやめられるはずがない。

特に中井貴恵はメディアを翻弄したから、その仕返しという意味もある。そういう意味では、あまりメディアを翻弄しない方がいいと思う。とんでもない仕返しが待っていることもあるからだ。エビジョンイルがとうとう失脚したが、あれも結局はメディアによってやられたと言ってもいいだろう。自分がメディアにいるから、メディアの怖さを知っているはずなのに、なかなか辞めなかったのは、ほとぼりがさめるとでも思ったのかもしれない。

さて、前日取材したスーザン・ファー教授は、「私はこう見えても案外ミーハーなのよ。結婚式の場所がわかったら教えて」と言っていた。もちろん夜自宅に電話をして教えたが、案の定、ニヤニヤしながら教会の斜め向かいに立っていた。

勝利の瞬間

中井夫妻が教会から出てくるとリムジンに乗って、ホテルに向かう。当然ぼくはそれを追尾しないといけないので、自分もあわてて車に乗ってつけた。そして、ホテルに着いたときに、走り出て取材が始まる。

「すみません。フォーカスですけど」とぼくがばらした瞬間の、中井貴恵の、心臓が止まりそうになった表情は今でも忘れられない。どこで情報が漏れたのかと思ったのだろう。それは招待された友人に決まっている。もっとも今回はアメリカ人の友人から漏れたのだが、そこまで情報管理をしていなかったとすれば、それは甘すぎた。その後は、快く取材に応じてくれた。これほどめでたいことで取材に応じない理由はないし、こういうときに取材拒否すると何が待っているかわからないから、応じた方がいいに決まっているのだ。

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