◆講座情報
◆コラム
第1回〜第30回
第31回 子供の安全を守るメーガン法
第32回 中井貴恵極秘結婚式の場合
第33回 ジャーナリストという仕事
第34回 ジャーナリズムの基本は実名
第35回 生命と死について
第36回 私の危機管理術
第37回 お金で解決できないこと
第38回 自伝の嘘
第39回 雑感
第40回 経験と読書のバランス
第41回 日本の放送メディアの問題点
第42回 インタビューの種類
第43回 ジャーナリストに求められる倫理とは?
第44回 翻訳の功罪
第45回 小学校英語について
第46回 アメリカの道路と日本のそれの違いが示すもの
第47回 父親の箴言 雑草のごとく生きよ
第48回 一流とは
第49回 テレビ取材の難しさ
第50回 英語の難しさと効用
第51回 今年1年を振り返って (英語の威力を改めてみせつけられた1年)
第52回 ユーモアの重要性
第53回 日本のメディアのテーマ




第38回 自伝の嘘 


自伝というと、本人しか知りようがない、今まで明かされなかった“事実”が出てくるので待ちに待って読むが、ほとんどの場合失望する。数年前、インドでの2週間の過酷な取材で、女盗賊プーラン・デヴィについて、本人のみならず、母親、知人などに精力的に取材したときもそうだった。取材中に、彼女の自伝「女盗賊プーラン」が出ることがわかり、それを読んでから原稿を書いたが、まず上下二巻の自伝を読んで、肝心な部分が2,3行しかないので、だまされたと思ったことは今でもはっきり覚えている。ぼくが最も知りたかった部分というのは、彼女がベーマイ村でいかにして復讐を実行したか、という部分で、そこを知るために、途中道なき沼地でジープがはまり、通行人をできるだけ多く集めて、車を引っ張り出すまで数時間かかっても、その村にたどりついて取材したのである。だからぼくが書いた記事のタイトルは『誰も書かなかった女盗賊プーラン・デヴィ「復讐と虐殺」の現場』である。


虚言者ヒラリー

次にヒラリー・クリントンの自伝だ。ぼくはたまたま雑誌の取材で彼女については相当取材していた。彼女自身の不倫、野望についても精力的に取材し、彼女を知る人が異口同音に”She is a pathological liar.” (病的虚言者)か”She is a congenital liar.”(先天的虚言者)というか、どちらかであった。だから、彼女の自伝を読むことは意味がないことはわかっていたが、どれくらい虚言癖があるかを知るために読んだ。まず失望したのは、文体である。文体がないのである。知人のアメリカ人ジャーナリストに、文体がないことを指摘すると、「あれは数人のゴーストライターが書いて、最後に共通の“文体”にするために、統一したから、いわゆる“文体”がなくなった」と教えてくれた。どの言語でもそうだが、活字の場合は文体が重要である。その文体がまずない。しかも書かれていることはフィクションばかりであるから、自分の野望を達成するために書いたとしか考えられなかった。彼女は所詮そういう人だから。最近出版された”The Truth about Hillary”は、ぼくのNY時代からの知人であるジャーナリスト、エドワード・クライン氏が書いたものであるが、この間聞いたら、93人に取材したという。しかも彼女に近い人ほど、彼女にどれほど怯えているかよくわかった、だから取材に応じさせるのに苦労した、と言っていた。邦訳はないが、読んでみるとヒラリーがもっとも書いていない部分がみごとに暴露されている。痛快だった。これほど自伝と伝記の差が大きい本を他に見たことがない。


自伝は信用しないほうがいい

もう一つ。ハッカーであるケビン・ミトニックの逮捕に大いに貢献した、日系人下村勉はぼくが3日間追跡し続けて、つかまえたが、彼が書いた自伝的著書『テイクダウン』よりも、ジャーナリストである、ジョナサン・リットマンが書いた『FBIが恐れた伝説のハッカー』の方がはるかに客観的で、包括的でおもしろい。それはきちんと多くの人に取材しているからだ。

自伝がジャーナリズムではないことに反論する人はいないが、何も知らない人が読むと、やはりだまされてしまう。肝心な部分がなかったり、言い訳っぽく書かれていたり、ひどい場合は嘘が書かれていることが多い。要するに、自分しか知りえない部分は、嘘をついてもばれないと思っているからだ。しかし、さまざまな角度から取材すると、矛盾が生じてきて、事実でないことがわかってくる。

英語の表現にwith a grain of salt という便利な表現がある。「一粒の塩を加えて」というのが直訳であるが、「話半分に」という意味である。”take ~ with a grain of salt” (鵜呑みにしない。疑ってかかる、割り引いて考える)という使い方をするが、知人のアメリカ人のジャーナリストに、ぼくの自伝に対する考え方を言うと、彼は、with a grain of saltどころか、with several grains of saltと言っていた。数粒の塩を加えるのだから、自伝は信用しない方がいいと言うことだ。



<参考記事>
 SAPIO 1997年8月6日号 インド現地取材ドキュメント
 誰も書かなかった女盗賊プーラン・デヴィ 「復讐と虐殺」の現場