◆講座情報
◆コラム
第1回〜第30回
第31回 子供の安全を守るメーガン法
第32回 中井貴恵極秘結婚式の場合
第33回 ジャーナリストという仕事
第34回 ジャーナリズムの基本は実名
第35回 生命と死について
第36回 私の危機管理術
第37回 お金で解決できないこと
第38回 自伝の嘘
第39回 雑感
第40回 経験と読書のバランス
第41回 日本の放送メディアの問題点
第42回 インタビューの種類
第43回 ジャーナリストに求められる倫理とは?
第44回 翻訳の功罪
第45回 小学校英語について
第46回 アメリカの道路と日本のそれの違いが示すもの
第47回 父親の箴言 雑草のごとく生きよ
第48回 一流とは
第49回 テレビ取材の難しさ
第50回 英語の難しさと効用
第51回 今年1年を振り返って (英語の威力を改めてみせつけられた1年)
第52回 ユーモアの重要性
第53回 日本のメディアのテーマ



第52回 ユーモアの重要性



取材で会う人は、初めての人がほとんどだ。相手もジャーナリストに直接会うのが初めてである場合も多い。こちらは、どんな人に会っても緊張することはまずないが、相手が緊張していることが多い。そういうとき、もっとも重要なことはice-breakingの術である。まず緊張を解かないと、話が進まないことは言うまでもないが、今でもはっきり覚えているのは、ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ氏に、初めてインタビューしたときのことだ。成田空港からフォーシンズ・ホテルに着いてまもないスティグリッツの疲れを取るために、とっさに出てきた表現が、”I’m afraid that this is a once-in-a-lifetime opportunity.” だった。氏は、まさに抱腹絶倒の有り体で、ひっくり返りそうになるほど笑っていた。そのあとのインタビューは流れるようにスムーズに行った。通訳をつけるとなぜ深いインタビューができないか、それはこういうユーモアがタイムリーに言えないことも原因していると思う。

直接経験したユーモアの具体例を挙げる。

・ ロサンゼルス空港で、チェックインするときに、一番肝心なファーストクラスに誰もいない。そこに置いてあったサインが”Gone Fishing”だ。しかも手書きではなく、ちゃんとしたサインである。これを日本でやると、頭がおかしくなった人だと思われるだろう。杓子定規でしか事が運べない人は、アメリカ人よりも日本人の方が多い気がするが、そういう人は「なぜこの大事なときに、魚釣りに行くのか」と怒鳴りちらすかもしれない。

・ 機内放送で、パイロットが「機内は禁煙だが、どうしてもタバコを吸いたい人は、外に出て吸ってください」と言ったときは、乗客も客室乗務員も大爆笑。こういうのを英語でやると本当におかしい。日本語でやるとユーモアに聞こえないのはなぜか。

・ ロサンゼルスからハワイ行きの飛行機に乗ったとき、ファーストクラスは10人くらいしかいなかった。mai tai(ラム酒をベースにしたカクテル)もあります、とフライト・アテンダントが言ったので、ぼくが”I don’t have my tie.(このtieはネクタイの意味) So give me mai tai.”とダジャレを言ったら、10人全員が爆笑。英語のダジャレも自然によく口をついて出てくるが、場の雰囲気を和らげるのに最高の術の一つである。

・ 機内で、非常口の席に座ると、必ずフライト・アテンダントが来て、緊急時の助けができますか、と聞いてくる。この前、”Let’s practice it now.”と言ったら、隣に座っている乗客まで受けていた。

日本人のスピーチは、ユーモアがなく、単調でおもしろくないことが多いが、欧米人のスピーチを聞くと、どんなにテーマが深刻なものでも、ユーモアがかなり入っている。人をユーモアでリラックスさせる術は絶対に必要だ。それはぼくのような職業でなくてもどんな職業でもそうだと思う。コミュニケーションがこの世にある限り、ユーモアほど重要なものはない。
これは人に聞いた話だが、アメリカの大学教授になる審査で、「A氏はユーモアがあるかどうか」ということを審査担当の教授たちが真剣に話し合っていたという。学生に教えるのに、ユーモアのセンスがあるかどうかが、かなり重要な要素になっているのだ。専門知識だけあっても、人をひきつけることはできない。

親が危篤になってもまだ冗談を言っているのが、イギリス人だが、それほどユーモアが国民に浸透している。日本の「お笑い」ではなく、日常のちょっとしたことで、さらっと口から出る品のあるユーモアだ。おもしろいのは、それを日本語に訳してしまうと、おもしろさが消えてしまうことである。英語でタイミングよく発するから、笑えることが多いのも不思議である。

ユーモアで危機を乗り越える

TVにせよ、活字媒体にせよ、ぼくの取材はときどき警察を呼ばれることがある。北朝鮮偽造紙幣についてのTV取材で、カリフォルニア州ロングビーチ港で許可なく、コンテナの持ち運びの撮影をしていたら、パトカーが2台やってきた。パスポートの提示を求められたあと、身体検査をされ、まるで我々は犯人扱いだった。そういうとき危機処理はぼくの役目だ。「あなたもTVに出たいか」と軽く話しかけ、マイクを向けた瞬間に相手はその気になって、TVに出た気分になり、陽気になり始めた。そうなるとあとはこちらのペースである。深刻で、暗い雰囲気になったときに、その雰囲気を一気に変えるのがユーモアである。一言が場の空気を変えてしまい、相手は自分が何をやっているかわからなくなってしまう。特に取材中のトラブルはユーモアで乗り越えるに限る。

人生も同じことだ。順風満帆の人生ほど味のない人生はないだろう。波乱万丈とまでは行かなくても、人生は紆余曲折があってこそ、楽しいものだ。人によって人生の危機の種類は異なるが、いかなるときもユーモアのセンスがあれば、乗り越えやすくなることは間違いない。


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